大正時代パロ


正直言って、日々この国を浸食して行く南蛮文化が私は好きではなかった。
周りの友人がハイカラな洋装に身を包み、ダンスホールに出かけても私は家で芥川を読んでいたし、シュウクリィム等の洋食にも全く興味を示さなかった。我ながら可愛げのない女だとは思う。それでも段々と変わって行く人々や街並みを受け入れるのは中々難しいのだ。


「食べぬのか」

「好きじゃないんです」


住み慣れた家を出て、この屋敷に嫁いでから早三月。
貿易会社の代表らしく洋物に溢れた家は私にとって苦痛でしかなかった。それなのに旦那様は私の反応を楽しむが如く毎日洋菓子を買って来る。でも残念でした。目の前でキラキラと輝いた所で私が口にする事はありません。


「買って来て下さるなら和菓子にして下さいな」

「お前の好きな饅頭がある店は家と逆方向だ」

「…なら昼間、私に買いに行かせて下さい」

「ならぬ」


清々しいまでの即答に私はピシャリと本を閉じた。
外に買い物に行きたいと言うと何時もそう。この人のたまの休みにしか私は外に出られない。私を心配してくれていると言えばそれまでだが、異様とも言える束縛にはほとほと愛想が尽きる。
呆れたように白けた視線を投げれば旦那様は頬杖をついたままふっと微笑してキラキラ光る洋菓子を二つに分けた。


「昔、結婚する前の事だ。お前を高嶺の花だと言っている者達を見た」

「は?」

「聞けば今時珍しい洋物に全く興味を持たない深窓の令嬢だと言う。少しばかり興味が沸いて調べてみれば取引先の娘だと知った。それからは…まあ、お前の知っての通りだ」


嫁いで三月が経過して数え切れぬ程会話したが初めて聞かされる話だった。何だか恥ずかしい。赤くなった頬を隠すため顔を背ける。


「なんなのそれは。別に私は花などでは…」

「いや、お前は花だ」


そう言って旦那様はこちらへ指を伸ばす。長い指が私の頬へと触れ、愛撫するように優しく撫でられれば心の蔵が高鳴る。凄く嫌な感覚だった。


「俺にとってはな」

「…クサい台詞」

「俺は自分の意志を言っただけだ。一人で外に出て手折られては適わん」


だから今は屋敷―花瓶―の中で我慢をしろと。
何時もの無表情を崩し、眉を下げたその顔は年齢より幼く見えた。
言わんとした文句は声にならず喉で掻き消えて。せめてもの腹いせと、半分の洋菓子を旦那様の口に突っ込んだ。


主ある花/120115


千本桜様へ提出。
果たして大正時代っぽいかは謎である。