ア・ジュールを共に背負えるか、などと言うプロポーズ紛いのお言葉をいただいて数日が経ったが、私と王の関係は大して変わらなかった。 ただ日に一度、寝る前だとか執務の休憩だとか、そんな空き時間に少しだけ会話をする、たったそれだけの関係。 婚約者と言うより友人とか知人に近いのかもしれない。 従者はそれにたいそう不満気だったが私は別に不満ではなかった。 むしろこれくらいの距離感がちょうど良いと思う。 そりゃ正式に婚約してもこのままだったら困るけど、今は婚約者に仮がつくくらいだ。 言い方は悪いが必要以上のなれ合いを求める気にはならない。きっとそれはガイアス王も同じだろう。 なればこそ、残り少ない独身時代を謳歌しなくては損だと私は思うのだ。 首都カン・バルクは雪国だ。 みな暖を取るために暖かな装いに身を包み、あの日の少年のように雪で滑って転ぶ子供達も多いと言う。 医者も毎日大忙しで、猫の手も借りたいほどらしい。 「うわああん!レイチェルお姉ちゃーん」 「あら、また転んだの?」 王に許可をもらい城を抜け出したある日、よろしければ手伝いましょうか、なんて声をかけたのが始まりだった。 最初こそ訝しげにしていた先生だったが、私が一通りの治癒術が使えると知るや否やまるで神を見たように目に涙をため、私の手を取った。 ほぼ毎日来る悪戯好きの少年のおかげで、医院に慣れるのに時間はかからなかった。 私は子供達や軽傷の患者を、先生は病気など私では手のつけられない患者を担当した。 手伝ってみて分かった事だがカン・バルクは首都だと言うのに医者が先生しかいない。 せめてもう一人は助手が必要になるだろう。 「(あと少ししたら私も来れなくなるし…)」 当たり前だが身分は隠している。 患者の中には、王に連れられて城へ入る私を見た人もいたがそこは適当に誤魔化した。 「レイチェルさん、もうすぐ五の鐘が鳴るよ。そろそろ帰りなさい」 「あ、本当だ!それじゃ先生、また明日に」 「ああ。ありがとうね」 王との、と言うより従者との約束で門限は五の鐘が鳴るまでと義務づけられていた。 今時子供でもこんなに早くに帰ったりしないのに。 城までの長い坂を人目を忍びつつ、走って登る。 正門から入れば陳情をしに来た民達に顔を見られてしまう危険があるため、いつも通り庭に回り、空室の窓から入った……はずだった。 ちょっとちょっと、なんであなたがここにいるんですか。 「時間ちょうどだな」 「いやいやいや、なんであなたがここにいるのよ」 「今日は豪雪の影響で陳情を言いに来た民も少なかったからな。少しばかり時間があまった」 人目を気にして、わざわざ庭に回って窓から入ったのになんてこと。 一気に雪で湿った服や体が重みを増した錯覚に陥り、へなへなとその場に座り込む。 五の鐘が大きく鳴り響いた。 「あ、そう言えば王」 「なんだ」 「この街、首都だって言うのに医者が一人しかいないのはおかしいわ。もう一人くらい助手をつけるべきよ」 「ふむ…」 陳情に行きたくとも忙しくて行けない先生に変わって私が申し出る。 王はしばらく考え込むと一つ頷きを返した。 何かしらの目処が立ったようだ。 「それじゃお願いね」 城を出るに当たっての約束は二つある。 一つは五の鐘が鳴るまでには戻る事。 二つ目は陳情に来れない民達の声を聞き、王に伝える事。 今日もちゃんと約束は守ったでしょ。 私は得意げに笑ってみせた。 110925 |