私の捜索に時間を割いたせいで仕事が押しているらしい。 外とは一変、暖かな一室へ押し込まれ私はかつてない程の罪悪感に苛まれていた。 ここまで罪悪感が膨らんだ理由、そこには王だけでなく横でわあわあと泣き続ける従者の存在もあったりする。 「お嬢様がご無事で本当に良かった…!」 この言葉を聞く度に「ごめん」と謝り続けて早数十回。いい加減こっちも泣きたくなってくる。彼女に悪意はなくても私はこれを聞く度に傷口をチクチクと突き刺されている感覚に陥るのだ。 「ちょっと外の空気吸ってくる」 「な、ならば私も行きます!またお嬢様が行方知れずになられたら…うあああ!」 「絶対に城からは出ないって約束するからこれ以上泣かないでよ…」 なんとか宥めて部屋を出る。 と兵士が一斉に敬礼した。 気分転換を図って部屋から出たのになんだか居心地悪い。 逃げるようにその前を通り過ぎ一番最初に目に入った一室に入り込む。後ろ手で扉を閉め息を吸い込むと古い本独特の匂いが鼻を刺激した。 どうやらここは… 「資料室、みたいね」 ちょうどいい。本を読むのは嫌いではないし、しばらくここで気を休めるとしよう。 グッと一回背伸びをして私は近くの本に手をかけた。 「…………」 扉を開け、すぐさま飛び込んできた光景にガイアスは呆れ、目を細めた。 彼の視線の先には積み上がった本とその中央で熱心に文字を追うレイチェルの姿があった。 お嬢様が帰ってこない! 昼間より更にヒステリーに泣き叫んだ従者に頼まれ兵士を割り当てたガイアスは昼間同様また自らも捜しに出た。それはいい。いいのだがこうも一発で見つかってしまうとなんだか拍子抜けである。 しかも見つけた場所がレイチェルに与えた部屋のすぐそばにある資料室だ。加えてレイチェルはガイアスが入ってきてもなお読書を続けているとなればもう呆れるしかない。 「いい加減にしろ」 「あっ」 手から消えた本を探して顔を上げ、ようやくレイチェルはガイアスを認識したようだった。 ポカンと口を半開きにして慌てて立ち上がる。 「勝手に入っちゃってごめんなさい!って、外暗い!?」 「先ほど七の鐘が鳴った」 「…………うそ」 その反応から見るにずっとここにいたのは間違いなさそうだ。 どうやらあの従者は気が動転すると周りが見えなくなる人間らしい。落ち着けばすぐ探し出せただろうに。 「私って一点に集中すると周りが見えなくなるのね」 「お前の従者も同じようだ」 「あ、やっぱりそう思う?」 恥ずかしいと笑いレイチェルは部屋を見渡した。 その瞳は幼子のようにキラキラと輝いている。 「それにしてもすごい数ね。知らない本が山ほどあって面白いわ」 「本が好きなのか」 「うん、読書は好きよ」 知らなかった知識をつけるのって楽しいわ。 そう話すレイチェルの顔に浮かぶのは満面の笑みだ。 王であるガイアスを相手に臆する事もなくレイチェルは自分の思いをずらずらと述べて行く。内容は本から教育へ、教育から子供へと様々なものに変化した。 「子供達は本にもっと触れるべきよ」 子供の内に本で感受性など様々なものを養って大人になり、いつか今だ残る部族の壁が消えればいい。 年若い女らしい甘い考えだった。現実を知らないからこそ話せる夢物語。中にはこれを鼻で笑う者もいるだろうがそう言う甘い考えも嫌いではない。 ガイアスは小さく笑い、先ほど取り上げた本を返す。 レイチェルをそれを受け取るとまた恥ずかしそうに笑った。 「馬鹿な夢物語って思ったでしょ?」 「夢物語だとは思ったが馬鹿とは言っていない」 「そう…ありがとう」 小さく礼を言いレイチェルはガイアスの横を通り過ぎようとした。 だがガイアスはそれを阻む。 何だ何だと怪訝そうにつり目がちな瞳が見上げてきた。 「(ただの放浪娘ならば突き返そうかと思ったが)」 気が変わった。 この女の言う夢物語を詳しく聞いてみたい。 「レイチェル、共にア・ジュールを背負う覚悟はあるか」 ガイアスの声は真剣だった。 突然張り詰めた空気にレイチェルは一瞬身を強ばらせるがすぐに頬を緩ませ、何も言わずに肩を竦めて見せた。 そうだ、それでいい。 背負えるなど簡単に口に出すような女を俺は生涯の伴侶とする気はない。 納得のいく答えにガイアスはまた小さく笑った。 110922 |