雲一つない青空と燦々と照らす太陽と青々と茂る草原。 そんな絶好の狩り日和だと言うのに、レイチェルは木陰から夫の勇姿を眺めていた。 レイチェルの傍らにはガイアスに狩られた沢山の獣達が物言わぬ死に体となり、何処か恨めしげにレイチェルを見上げている。いたたまれなくなり、視線を逸らせば聞こえて来る鈍い音。どうやらまた一匹狩ったらしい。 「おおっ、これは大物ですな!」 「さすがは陛下!」 形だけだとウィンガルに押し切られ、着いて来た兵士達が次々に賞賛の声を上げる。 しかしレイチェルはげっそりとした表情で何も言わない。 長刀を大きく振り、血油を吹き飛ばす。長刀を鞘に収め、ガイアスはレイチェルの顔を覗き込んだ。 「顔色が悪いな?」 「こんな血なまぐさい獣のそばにずっといたら具合も悪くなるでしょう…」 はあとため息をついた瞬間、目眩を覚えレイチェルは木に寄りかかる。その様子にガイアスは微かに目を見開いた。 「城へ、」 戻るか、そう問われるのは予想済みである。 ガイアスが言い終わる前に首を振り、レイチェルは護身用にと持って来ていた棍を手に取った。 「ちょっと体を動かせば治るから。心配しないで?」 レイチェルの笑顔に後押しされるようにガイアスは鞘から長刀を抜く。 ちょうどよく躍り出たウルフにレイチェルが走り出した。 「ま、まさか王妃が…」 「こんなに動けるなんて…」 そう話す兵士達の前には、ガイアスとレイチェルの手により狩られた獣達の山が出来ている。 兵士達が驚くのも無理はなかった。普段のレイチェルは城で民の声を聞き、本を愛する大人しい女性であり、こうして鮮やかな棍捌きを見せるなどこの兵士達には想像もつかなかったのである。 「ウィンドカッター!」 またレイチェルの声が草原に響き渡る。 風の刃が獣に襲いかかり、また一匹山が増えた。 「ほう、さすがスノウドラゴン相手に立ち回っただけはあるな」 「…止めてよ。背中が痛くなるじゃない」 「ふ…ところでレイチェル、その棍術はどこで覚えた?」 「え?ああ…お婆様に」 「祖母に?」 意外だと復唱すれば、レイチェルは苦笑しながら棍を握りしめた。 「女でも自分の身は守れるようになりなさい、って。お父様は猛反対したのだけど、お婆様の方が強かったから」 「ならばその棍捌きは祖母譲りか」 「そうね。もはや護身術どころじゃなくなっちゃったわね」 けれど数年前まではまさか実戦で使う事になるとは思ってもいなかったのよ。 過去を懐かしむように付け加えられた言葉にガイアスはそうか、とだけ返事を返した。 レイチェルはぐっと背伸びをしてくるりと棍を回す。 「そろそろ暗くなってきたし帰りましょ…って、うわっ」 「レイチェル!?」 こちらへと振り返ったレイチェルの体がぐらついた。 何度か手足をばたつかせるが後ろへ傾いた体はそう易々と元には戻れない。ガイアスが手を伸ばすよりも先に盛大な水しぶきを上げ、レイチェルの体は後ろの泉へと沈んだ。 「ぶっ…なんでこんな所に泉が、あるのよ…!」 「獣達の水飲み場であろう。立てるか?」 まさに濡れ鼠と化したレイチェルに呆れながらガイアスは手を差し出す。呆れ混じりな声に一つ頷くとレイチェルはその手を取った。 ぐっしょりと重い衣服を引きずるように泉から抜け出し、顔に張り付いた髪を剥がす。 まさかこんなへまをするなんて…レイチェルは自分の失態に顰めっ面をする。すると微かな布ずれの音が聞こえ、肩に何かが乗せられた。 「あ、」 「着ていろ。風邪をひく」 「ごめん…」 それはガイアスが着ていた外套であった。寸前までガイアスが身につけていただけあってまだ暖かく、すり寄るようにレイチェルは外套に顔を埋めた。 遠くからご無事ですか!とこちらへ駆けて来る兵士達の声が聞こえる。 横で片手を上げ、無事を知らせるガイアスを横目で捉えレイチェルはぶるりと体を震わせた。 120309 |