「レイチェル、続き!続きはどうなるんですかっ!?」

「この二人幸せになるんだよねー!?」


必死の形相で自分を見上げて来る一人と一匹にレイチェルは苦笑しながら次のページを捲った。

開かずの扉が開かれて以来、暇さえあれば本と沢山のお土産を持って訪れるレイチェルにエリーゼとティポは良く懐いていた。こうして腕に抱きつき、続きを読んでとせがむ姿は母に甘える子供のようにすら見える。

暫く本の読み聞かせを続け、レイチェルが持って来た菓子を食べながらエリーゼは幸せそうに笑みを浮かべた。こんなに喜んでくれれば苦労して持って来た甲斐があると言うもの。迷う事なくレイチェルは、あっという間に空になったエリーゼの皿と自分の皿とを交換した。


「これ、レイチェルの…」

「いいの。私は何時でも食べられるから」

「う…」


一人で全部食べるのはレイチェルに悪い…でもこのお菓子をもっと食べたい。
目の前に置かれた菓子の誘惑は強く、エリーゼは生唾を飲む。横から注がれる暖かな眼差しにエリーゼは一度固く目蓋を閉じ、皿から菓子を一枚取るとそれを真っ二つに割った。


「半分こ、しましょう?」

「…ありがとうエリーゼ」


せーの、で互いに同時に口に運んだ菓子は思っていた以上に甘い味がした。




「(寂しくはないのかしら)」


読み聞かせも終え菓子を食べ終え、何もする事がなくなるとエリーゼは決まってレイチェルの隣で昼寝をした。
その間レイチェルは持って来た読みかけの本を読むのだが、何時もこの時間になるとどうしても同じ事を考えてしまう。

エリーゼはこの物置小屋から出てはいけない。
その理由を問えばジャオはあの苦い顔でエリーゼの精霊術は強力だからと話した。
あの年頃では到底扱いきれない精霊術を悠々とこなす姿に村民達は恐れ畏怖を抱く。
何時かは外に出してやりたい、しかし今は――…納得の行く話ではない理由はそのままうやむやにされ、レイチェルも深く考えないようにはして来た。しかし自分がいない間エリーゼがたった一人でこの小屋にいると思うとどうにも胸が詰まる。何度か上の空になりガイアスに叱咤された経験を思い出しレイチェルはため息をついた。


「外に、出してあげたいな…」




リジュに淹れてくれた紅茶を飲みながらレイチェルはペンを走らせた。
そばに控えるリジュは何事かと後ろから覗き込もうとしてはゆるゆると後退を繰り返し、気配でそれを感じ取ったレイチェルは呆れながら振り返る。


「気になるなら聞けばいいのに」

「も、申し訳ありません」

「ほら、こっちに来てリジュからも意見をちょうだい」


自分の意見…?
不思議がりながらリジュはようやく紙に書かれた内容を見て、唖然とした。


「何かの、暗号ですか…?」

「暗号じゃありません。子供が連れて行かれて喜びそうな場所を書き出してるんです」

「子供!?」


珍しくリジュが大声を上げ、顔を真っ赤にさせる。
これは勘違いをしているな、それも盛大な。
リジュが今考えているだろう事にレイチェルは頬を引きつらせ、手をパンッと叩く。


「違うわよ。私の子供じゃなくて」

「え?え?」

「……もういいわ」


可哀想だが、とりあえずリジュは放っておこう。

頬杖をつきレイチェルはトントンとペンで紙を叩く。思いつく限りの物は書いた。でも何故かどれもピンと来ない。エリーゼが満面の笑みを見せてくれるだろう場所が思いつかないのだ。
頭を抱えてレイチェルはうんうん唸る。するとつい先ほどまで盛大な勘違いをした挙げ句、混乱していたリジュが恐る恐る片手を上げた。


「あの…レイチェル様は、どこに連れて行ってもらうと嬉しかった、ですか?」

「私?そうね私は――…」


幼い頃、父に手を引かれ連れて行かれた場所。
キラキラ輝く青と肌を突き刺す冷たい風。

嗚呼、そうだった。
ようやくピンと来たそれにレイチェルはふっと目を細め、さらさらと書き足す。


「海に連れて行ってもらうのが好きだったわ」


120111