私とお姉さんの関係は何て言えばいいんですか?

何時も耳にしていた明るい声とは違う、幼く弱々しい少女の声で問いかけられた言葉が頭の中で繰り返される。
何で私は何も答えてあげられなかったのだろう。
後悔した所で時間は帰っては来ない。それに咄嗟に浮かんだ言葉を言った所でエリーゼの望んだ答えにはならなかっただろう。ワイバーンから降り、窓から城内へ戻ったレイチェルはくよくよする自分を叱咤するように頬を打った。


「まずはジャオに話を聞かないと…」


きっとジャオは何か大事な事を隠している。
焦る気持ちを抑え、探しだしたジャオはレイチェルの話を聞くと微かに表情を曇らせた。
そしてポツリと語り出す。
少女とその友の話を。


「エリーゼにはな――…」




何時まで経っても沈む事のない夕日すら差し込まぬ地下室にいるのは本当は寂しい。
しょんぼりと無い肩を落とすたった一人の友達を抱きしめエリーゼは大きな瞳を潤ませた。

毎日のように来ていたお姉さんはあれから一度も来ていない。きっともう二度と本を読んではくれないのだろう。こんな事なら自分で話したりしなければ良かった。様々な思いが胸を駆け巡り、とうとう堪えきれなくなった涙が頬を伝った時だ。
カツンカツンと靴の音がこちらに近づいて来る。まさか、そんなはずはない。そう思いながらも勝手に見た事もないお姉さんを思い浮かべ、エリーゼは扉を凝視した。


「ちょっとだけ久しぶりねエリーゼ」


扉越しに聞こえるくぐもった声はお姉さんの物だ。
横で友達がお姉さん!と声を上げる。


「……怒って、ないんですか?」


勇気を振り絞って出した声はやはり震えていた。
腕の中で見上げる友達の瞳は不安気に揺れている。


「怒ってないわ。それより謝るべきは私の方だと思うのだけど…」

「…?」

「あの時質問に答えてあげられなくてごめんなさい」


数日前問いかけた言葉をエリーゼは忘れてはいない。
他人じゃない。きっぱり言い切ってくれたお姉さんに少しだけの嬉しさと形容し難いモヤモヤが湧いた。思いのまま問いかけたそれをこの数日後悔し続けたエリーゼからすれば、あまり触れたくない話題である。しかしお姉さんは自分からエリーゼに謝罪し、なお続ける。


「この数日色々考えて、やっと答えらしき物を見つけたのだけど、」


生唾を飲み込んだのはどちらだったのか。




「友達になって欲しいの、エリーゼ」


言えた。
扉越しにようやく伝えられた思いにレイチェルは内心安堵の息をついた。
友達がいない。寂しすぎる言葉を吐いた少女に友達を作ってあげたい。独りよがりとも取れる強い思いを抱き、レイチェルはあの日までエリーゼ…いやエリーゼのたった一人の友達と接して来た。


『エリーゼにはティポと言う友がいる』


ジャオは苦痛な表情でエリーゼについて話してくれた。
エリーゼには両親も友達もいない。いるのはたった一人ティポと言う友達だけ。閉鎖的な場所で育ったエリーゼは友達の作り方も何も知らない。
ジャオの話を聞き終えレイチェルは決心した。なら自分がエリーゼの二人目の友達になろう。そして色んな事を教えてあげよう。これもまた独りよがりな感情だと自覚はあった。それでもこのまま何もしないのは嫌で、こうして手を差し伸べた。


「(答えない、か…)」


まあ予想通りだ。
苦笑しつつ頬杖をつけば聞こえたガチャリと言う音に我が耳を疑う。しかし僅かに開いた扉は現実だと知らせる。
思わず立ち上がり一歩前に踏み出せば、今までよりずっと鮮明な少女の声が届いた。


「…お姉さんと私とティポ、今から友達ですか…?」

「そうよ」

「また本、読んでくれますか…?友達になったら寂しくない、ですか?」

「毎日は無理でもなるべく会いに来るわ」

「なら…っ」


錆び付いた音を響かせ、ゆっくりと扉が開く。
小さな身体で精一杯抱きしめた友達と共に姿を見せたエリーゼは潤んだ緑色の瞳でレイチェルの姿を懸命に映した。
長い黒髪と自分より高い身長、大人の女性…この人が本を読み聞かせてくれたお姉さんなのだと記憶するために。


「はじめましてねエリーゼ」


優しい笑みが本を読み聞かせる声と重なった。
気がつけばエリーゼは走り出し、目の前の温もりに顔をうずめ大きな泣き声をもらしていた。
すがりつくように抱きついてきたエリーゼとティポにレイチェルはぐっと唇を噛む。くすんだ金色の髪を撫で、すり寄るティポに頬ずりをした。やっと会えた小さな少女達の手前、泣く訳にはいかないのだと自分を律しながら。
それでもこの嬉しさは抑えきれる物ではなく、涙は流さずレイチェルは泣き、優しくエリーゼに笑みを向けるのだ。


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