「こんにちはエリーゼ」


名物の夕日すら差し込まない地下室前で、レイチェルは沢山の本を腕に笑みを浮かべていた。
地下室の少女に友達を作ってあげたい。あの夜、そうガイアスに宣言してからレイチェルは必死に少女、エリーゼに話しかけ続けた。何時までもジャオに連れて来てもらうのは悪いと、ワイバーンの操縦方法まで学んだ。しかしこうした努力の甲斐もなく、数日経った今日この日まで成果はまるでない。


「また来たのー?」


いや、少しならある。
まずエリーゼと言う、少女の名前を知れた。そしてこうして話しかければ返事を返してくれるようになった。
今日も元気そうで良かった。安堵しながら何時もの場所に座り、レイチェルは本の束から一冊取り出し表紙を開く。


「今日は物語を持ってきたのよ」


気に入ってくれるといいのだけど…苦笑しながらレイチェルは指で文字の羅列を追う。
オレンジ色の差し込まない薄暗いその場所でレイチェルの声は延々と響き続けた。




「お姉さんはどうしてそこまでぼく達に関わるの?」


一冊目を音読し終え、二冊目に手を伸ばした時だった。
黙って聞いていたはずのエリーゼが、またあの明るい口調で問いかけて来た。


「なんでそんな事を聞くの?」

「だってお姉さんはぼく達と他人でしょ?それなのになんで毎日ここに来て本を読んでくれるのかなーって」

「他人じゃないわよ」


巻末入れず、レイチェルはきっぱりと言い放った。
そしてエリーゼに反論する隙を与えずそのまま続ける。


「一度関わって名前を知った相手は他人じゃありません」


微かに怒り混じりの声色だった。扉を隔てたくぐもった声からでも、それを感じ取りエリーゼはギュッと“それ”を握りしめた。


「…そ、れなら…何て、言えばいいん、ですか…?」

「エリーゼ…?」

「私と、お姉さんの関係は…何て言えばいいんですか…?」


あの明るい声ではない、耳を澄ませなくては聞こえぬほどの、か細い少女の声がした。
思わず階段から立ち上がりレイチェルは地下室の扉に駆け寄る。エリーゼ、と呼びかければもう少女の声は聞こえなかった。きっと泣いているのだ。姿が見えなくとも、何となくそう悟り、レイチェルは辛そうに眉を顰める。


「帰って」

「エリーゼ?」

「帰って!」


今度はあの明るい声だ。
強い拒絶になすすべがないと知るとレイチェルは苦しげに息を吐き胤を帰す。
階段に広げたままの本を拾い上げ、階段を登ると顔だけ振り返り優しく告げた。


「また来るから」


何時もの別れの挨拶と、階段を上がる音が遠ざかる。
薄暗い地下室でその音を聞きながら、エリーゼは“それ”を強く抱きしめ、嗚咽を漏らすまいと必死に唇を噛み締めていた。


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