古い習慣に捕らわれるつもりはなかったが民が不安になると解かれては仕方ない。
今年三十になるア・ジュール王ガイアスは疲れたように額を押さえた。

話は数刻前に遡る。

ア・ジュール王を冠する前からの付き合いである初老の男は昔から早く妻を娶れと事ある毎に進言していた。けれどガイアスは上手く避けるばかりで困り果てた翁は究極の一手を叩き出した。


『陛下になにかあられた時、後継ぎがおられなければ民達が不安になれます…!!』


ガイアスは民を第一に考える男である。それを良く知っての一手であった。
思わず言葉に詰まったガイアスに翁はニヤリと笑う。
勝った。戦に勝った時のような高揚感が翁の胸を占める。
ガイアスは苦々しく「分かった」と呟くしかなかった。




ガイアスの重苦しい胸の内とは裏腹にカン・バルクの空は晴れ渡っていた。
彼の側近であるウィンガルは何時もの無表情で王の横顔を見つめている。


「して、本日先方が登城なさると」

「うむ」

「あまり気乗りしないようですね」


何を分かりきった事を。
ギロリと赤い目がウィンガルを睨みつけた。
しかし長年の付き合いであるウィンガルには利かない。
これからの事を考えガイアスは小さく眉間にしわを寄せた。


「陛下…!!」


彼の思考を断絶するように一人の兵士が謁見の間に走り込んできた。兵士の顔色は真っ青で室内に緊張が走る。


「何事だ」


ウィンガルが一歩前に出ると兵士は口をもごもごと動かし、膝をつき最高礼を取る。
そして叫ぶように報告した。


「先方、クレストア家のご令嬢が護送中行方知れずになられました…!!」


今日は厄日か。
ガイアスの眉間のしわがますます深くなった。


110918