「御武運を」


雪空の下、深々と頭を下げたレイチェルの声が響いた。
四象刃や兵を従え、それを聞き遂げたガイアスは長刀を片手に兵達へ号令をかける。


「行くぞ!」


兵達の力強い雄叫びがカン・バルクの寒々とした空気を震わせる。レイチェルを始めとする城内の者達や、大勢の民に見送られ、ガイアス率いるア・ジュール連合軍は首都、カン・バルクを後にした。




さすが現役教師なだけあってカーラの教え方は実に的確だった。本で読むよりもスラスラと頭に入ってきて、新たな発見も多い。時間はあっという間に過ぎてしまい、もうカーラの帰宅時間となってしまった。


「それでは王妃。今日はこれで失礼します」


講義が終わるや否や素早く荷物を纏めてカーラは部屋を出て行ってしまう。引き止める隙さえ与えぬ素早い行動にレイチェルはぽかんとしてそれを見送った。
窓から広場を見下ろせばスタスタと居住区に降りて行くカーラの後ろ姿が見える。
カーラの後ろ姿が見えなくなるとレイチェルは重々しくため息をつき、掠れた声でリジュを呼んだ。


「私、カーラさんに嫌われてるのかしら…」


リジュは困惑した。
確かにカーラは的確な指導をしていたが、端から見るとそれは事務的な物で本人の意志が伴っているようには見えなかったのだ。正直に答えるべきか答えぬべきか。言い噤むリジュにレイチェルは苦笑を浮かべた。


「ごめんなさい。答え難い質問しだったわね」

「あの…そんなにお気になさらずとも…陛下が帰還されるまでの間なのですし…」


リジュなりに必死に慰めてくれているのだろう。その気持ちは嬉しいが、リジュの言う通りには行かない。
そう接する事は出来ぬとは言えど、カーラはレイチェルに取って義理の妹に当たる。嫌われたままでいるのはやはり悲しい。


「(かと言ってウィンガルの時のようには行かないし…)」


もしレイチェルがカーラを酒に誘えばそれこそ軽蔑されてしまう。本末転倒だ。よって却下。


「……時に任せるしかない、か」


ガイアスが帰還するまでに解決法は見いだせそうにない。ふう、と二度目のため息をつきレイチェルはリジュに茶を入れるようにと頼んだ。


111124