八の鐘が鳴り響いた。
寒さはピークを迎え、それに伴いアグリアの吐く息もますます荒くなっている。冷たい身体をさすってやる事しか出来ない自分が恨めしくてたまらない。レイチェルは目を伏せ白い息を吐いた。アグリアのためにも早く見つけて欲しい。祈るような思いで開く事のない扉を見つめる。


「(……寒いな…)」


外気に晒された足の感覚はもうなくなりかけている。機械的にアグリアをさする腕すら麻痺したようだ。心なしか意識が霞み出した気さえして、レイチェルは慌てて首を振る。だがあまり効果はないようだ。


「(もうダメかも…)」


瞬間、アグリアをさする手が止まった。ぐったりとうなだれ、段々と重くなるまぶたに抗う事さえ出来ない。
レイチェルは意識が遠のくのを感じ、最後、縋るような眼差しを扉に向けた。


「ガイ、アス…」


誰にも聞き取れないくらい小さな声で呼んだのは近い将来、伴侶となる男の名前。自分は思っていた以上にあの男を頼り、信頼しているらしい。
入り込む赤を見る事なく、レイチェルは壁によりかかり、そっとまぶたを閉じた。




触れた手の冷たさにガイアスは思わず目を見張った。
熱のあったアグリアはすぐに医者に見せられ、今はプレザが熱心に看病している。
寒気からアグリアを庇うようにして倒れていたレイチェルに関しては、熱はないが末端は凍傷しており、身体はまるで氷のように冷たかった。
すぐに抱き上げ、暖かな自室の寝台に寝かせはしたものの、真まで冷え切った身体に熱が戻るにはまだ時間がかかりそうだった。


「(仕方ない…)」


昔、まだ子供だった頃。冷える夜妹にしてやっていたように寝台に身体を横たえ、ガイアスはレイチェルの冷え切った身体を引き寄せた。レイチェルがカン・バルクに来て、始めての抱擁であった。思う所は多々あれど、今はレイチェルの身体を暖める事が先決であると自分に言い聞かせ、ガイアスはレイチェルを抱く腕に力を込める。


「起きて文句は言うなよ」


翌朝、顔を真っ赤にして怒鳴ってくるレイチェルの姿は容易に想像がつく。けれどその元気な姿を早く見たいと願うのは、少しばかり矛盾しているのやもしれない。

ガイアスはふっ、と目元を和らげレイチェルの身体を抱いたまま眠りについた。


111103