雪深いカン・バルクでは自然と、アルコール濃度の高い酒が好まれる。郷に入れば郷に従え。有名な格言に従い、一気に酒を煽れば喉が焼ける。最初こそこの感覚が嫌だったが最近では癖になってきた。
どこかの黒装束が言った通りの良い飲みっぷりに、プレザとジャオは拍手を送る。


「見かけによらず強いのね」

「ん、あなた達の主君とは逆でね」

「本当はそんなに弱くないと思うわよ。ただここの酒が強すぎるの」

「ああ、なるほど」


ふと先日の会食を思い出す。
レイチェルの披露目も兼ねて、友好的な部族だけを集めた会食の場で、主役であるはずのレイチェルは酒に弱いガイアスを大層心配した。けれどその心配とは裏腹に、どういう訳かあの日ガイアスは全く酔わなかった。それ所か、緊張からかレイチェルの方が酔ってしまい部屋まで抱えられたのは記憶に新しい。

思い出して自己嫌悪に陥れば、察したジャオがそっと酒をついでくれる。


「ジャオいい人ー」

「誉めても何も出んぞ。それよりアグリアだが…」

「アグリア?」


アグリアとは昼間斬りかかってきたそばかす顔の少女の事だ。年齢にそぐわない鋭い眼は、退室するまでずっとレイチェルを睨みつけていた。
酒で喉を潤したプレザが苦笑して口を開く。


「アグリアは陛下が大好きだから」

「…ようするに嫉妬?」

「多分ね。あともう一つあるんだけど…ダメね。勝手に口には出せないのよ」


プレザの美しい顔に憂いが現れた。ジャオへ視線を投げかけるが彼も同じらしい。普段細められた瞳を開き無言で遠くを見つめている。
これでは何も聞けないなあ…レイチェルは頬杖をついて熱く息を吐き出した。




酒の匂いを纏わせて部屋へ入ってきたレイチェルにガイアスは眉を顰めた。
最近になって分かった事だがレイチェルは酒好きらしい。誰かに絡むわけでもないのだし、別に咎めるつもりはないが、程ほどにしろと注意くらいはするべきかもしれない。


「ねぇガイアス」

「なんだ」

「みんな色々あるのね」

「どういう意味だ…?」


酔っているのか。
不安になり、机に向けていた身体をレイチェルへ向ける。少し頬は赤いが意識ははっきりしているし呂律も回っている。酔ってはいないようだ。
しかし、なればこそ不可解でガイアスはレイチェルの返事を待つ。


「んー…私って幸せなんだろうな、って思って」

「意味が分からんな」

「うん、私も良く分かってない。酔ってるのかもね」


必要最低限な物しか置いていない私室で腰掛けられるのは寝台くらいだ。
優に二人は眠れるだろうそれの上でレイチェルは膝を抱える。


「(何かあったのか?)」


幼子にも似た仕草には見覚えがあった。
二十年ほど昔、自分と同じ髪と目を持った小さな少女が部屋の隅で膝を抱えていた。
久しく覚える事のなかった感情が湧き上がり、ガイアスの腕が伸びる。つい数十秒前まで無機質な紙に触れていた指が、柔らかな黒髪を撫でていた。


「…な、なに?」

「さて、俺も分からん。酔っているのやもしれんな」


キョトンとレイチェルが間抜けな表情を浮かべる。
ガイアスは何も言わず髪を撫で続けた。


「もう…真似しないでよ」


111014