陛下が妻を娶られた。 ラ・シュガルに潜伏して数ヶ月、突然それを聞かされたアグリアは紫色の目をこれでもかと見開いた。彼女にしては珍しく動揺していた。何時ものアハーなんて言う笑い声も上がらず、その事実を受け入れられないと肩を震わせる。 その後ろで、目を見張らんばかりの美貌を携えた女性―プレザもまた敬愛する主の朗報に驚きを隠せないでいた。 彼女達は各々の思いを抱き、首都へと急ぐ。 暖かかった気候は一気に冷たくなり、吹雪の先に見慣れた城がうっすらと見えていた。 「思ったよりも若い娘っ子だのう」 「はあ…」 城、謁見の間にて。 目の前に迫った巨漢に若干腰を引きつつレイチェルは生返事を返した。別に巨漢、ジャオが威圧的に接しているわけではない。むしろそこにいる黒装束より何倍も好意的だ。 玉座に座り、事を見守っていたガイアスはレイチェルの様子に早々に助け舟を出す。 「残りの二人は」 「緊急、と言われたからな。合流もせず各々帰還する事にした」 何か不都合でもあったか? ジャオの問いかけにガイアスの変わりにウィンガルが構わん、と答えた。 その隙にレイチェルはジャオから離れ玉座の下まで移動する。後に妻になるとしても、女が王と同じ位置に立ってはならない。古くからの習わしに習った行動だった。 しかしガイアスはレイチェルを一瞥すると何も言わずに片手を差し出す。どうやらこちらに来いと言う事らしい。 「(な…)」 レイチェルはギョッとした。 父に連れられ何度か足を運んだオルダ宮では絶対に有り得ない光景だった。身についた習性から首と手を横に振り、拒否を示す。するとガイアスは玉座から立ち上がり自らがレイチェルの横に降り立った。 「ちょっと!」 「俺は古い習わしに従うつもりはない。それに…」 ガイアスが言葉を区切る。その赤い目は兵達の守る門へ向けられていた。 「お前に何かあっては困るからな」 「え…」 思いもしなかった突然の甘い言葉にレイチェルが頬を赤く染めたのもつかの間。 門の先から赤い何かが猛スピードでこちらに突進して来るのが見えた。段々と近づくにつれ、赤いそれが年端もいかない少女であると気づく。そして間近に迫った少女の表情を見て、レイチェルは先ほどのガイアスの言葉の真意を知った。 ああ、これは… 「てめええええ」 力強く横に引き寄せられた瞬間、レイチェルの立っていた場所が勢いよく抉れた。 「ひぇっ」 思わず背筋が凍り、そばにいたガイアスへすがりつく。 だがそれがいけなかったらしい。赤い少女はそばかすだらけの頬を真っ赤にして一直線にレイチェルを睨みつける。周りは眼中にない様子だ。 今度は何をされるのか、生唾を飲み少女の言動を見守る。しかし少女は動かなかった。いや、動けなかった。少女の後ろから現れた女性が少女の頭に手を置いたのだ。 「ババア!!」 「あなた、ここが何処か分かっててやってるの?」 「うっ」 「(ババア!?)」 とてもじゃないがババアなんて呼ばれる年齢には見えない。凹凸のついた体に美しい顔…すべてにおいて、レイチェルの中のババア像とかけ離れていた。 「アグリアは落ち着いたか」 「ええ。ごめんなさい、任務終わりで気が立ってるのよ」 女性はアグリアの頭を掴んだままこちらを振り向き、その場に跪いた。 「プレザ、共にアグリアただいま帰還しました」 プレザとアグリアにジャオ、ウィンガル。全員の名を聞き、思い浮かべ、レイチェルは驚きに目を染めた。 古の聖獣、フォーヴ。 それから名前を取った、精鋭部隊…これがガイアス直属の部下達、四象刃だ。 111009 |