精霊信仰に篤い国柄を示すようにア・ジュール各地には精霊を祀る教会が建てられている。 ここ首都カン・バルクも例に漏れず、すぐそばのザイラの森には古い教会が存在した。 「うわあ…綺麗…」 木製の古い扉を開け、すぐ飛び込んだのは雪明かりに照らされたステンドグラスだ。 後ろで扉をしめるガイアスへ振り返り、レイチェルは子供のように瞳を輝かせた。 ガイアスからすれば見慣れた光景だが、レイチェルからすれば初めて見た光景なのだからハシャぐのも分からないでもない。あの片翼がここにいたならば、呆れ言葉を失ったのだろうが…勝手な想像をしてガイアスは微かに口元を緩めた。 「でも一体どう言う風の吹き回し?」 「何がだ」 「物凄く忙しいくせに、私をこんな所に連れ出すなんてどう言う風の吹き回し?」 簡潔に言い直したレイチェルにガイアスは満足気に息をつく。こういう察しが良い所には助かっている。 「戦が近い」 「え?」 「場所はシュレイズ島になるだろう。ウィンガルと共に、しばらく城を開ける事になる。ゆえに…」 これから何を言われるかはすぐに予想がついた。 聞きたいような、聞きたくないような複雑な心境でレイチェルは続きの言葉を待つ。 「婚儀を早める」 嗚呼、とうとうこの時がやってきた。心臓が高鳴るのは嬉しさからか悲しさからか。 そっとまぶたを落とし、レイチェルは了承の意を込め一つ頷く。ガイアスはそれにそうか、と短く返すだけだった。 「どうしたの?」 教会を出て、城までの帰路につく中それは起こった。 突如、ガイアスが後ろを歩くレイチェルを手で制した。 それと同時に、目を血走らせた獣が三匹どこからともなく現れる。ガイアスの行動に納得しつつ、迫り来る生命の危機にレイチェルは浅く息を吸い込んだ。 「恐ろしいなら目を閉じジッとしていろ」 「……ぁ、」 言い終わらない内にガイアスは動いた。長刀を鞘から抜き去り、手前の獣を斬りつける。次いで飛びかかってきた残り二匹へ刃を突き立てた。本当に一瞬の出来事だった。 一部始終をただ眺めていたレイチェルははっ目を見開く。 長刀を鞘へ収めるガイアスのすぐ後ろで牙を剥く、一匹の獣を見つけたのだ。 「ガイアス…!」 レイチェルは思わず走り出した。ガイアスの腕から鞘だけを取り上げ、そのままの勢いを保ち獣の腹に強烈な突きを喰らわせる。獣の口からボタリと唾液がこぼれた。 「ふん…!」 レイチェルが踏み込むのに合わせ、獣の後ろに回ったガイアスが長刀を振り下ろす。 断末魔を上げ動かなくなった大きな躰から視線をそらし、レイチェルはようやく安堵の息をついた…が、その数秒後。 「ご、ごめんなさい!勝手に取ったりして!それより私呼び捨てに…っ!?」 自分のおかした行動はあまり誉められたものではなかった、顔を真っ青にしてレイチェルは鞘をガイアスへ差し出した。 抜き身のままになっていた長刀をようやく鞘へ収め、ガイアスは改めてレイチェルへ向き直る。 恥ずかしさからか俯く姿は年相応だと言うのに、先ほどの動きは何だったのか。あの動きは一日二日で出来るものではない。ならばカン・バルクに来る前から何らかの武術を習っていたのか。翁はそんな事一言も言っていなかったが―… そこまで考えて、ガイアスは一時思考を中断した。 己の思考に潜って、このままレイチェルを無視し続けるのはあまりに酷だ。 「…そのままで構わん」 「な、何が?」 「呼び捨てのままで構わんと言っている」 レイチェルの表情がまた変わった。真っ青だった頬が今度は真っ赤に染まる。その移り変わりは中々面白い。 顔を真っ赤にして固まるレイチェルを置いて、ガイアスは一人先を急ぐ。 「早く戻らねば降り出すぞ」 吹雪かれるのは嫌なのだろう、レイチェルは全速力でこちらに駆けてきた。 依然、頬は赤く染まったままである。 111004 |