酒には弱いが二日酔いは一切しないガイアスに対し、レイチェルは飲むが絶対に二日酔いしてしまうタイプだった。 寝台で頭を抱え唸るレイチェルを見下ろしガイアスは腕を組む。表情に浮かぶ文字は呆れだ。突き刺さる視線に瞳を泳がせレイチェルは昨夜の自分を恨んだ。 ウィンガルと共に朝まで酒を飲んだのはいいのだが身体はダルく、起き上がる事すらままならない。 「…今日は街にも行かず、ゆっくり休め」 「はい…」 ため息混じりな言葉に頷くしか出来なかった。 通常よりも遅く執務室に現れたガイアスにウィンガルはチラリと視線を向けた。 ちなみにウィンガルは酒に強く二日酔いもしないタイプ、ようするにザルである。 「…レイチェル様は?」 「ウィンガル、様などつけず昨夜のように呼べば良かろう」 「起きていらっしゃったのですか」 そんな気はしていたが。 ウィンガルは少し罰の悪そうな表情を浮かべる。刀を抜き、仮にも王の婚約者に突きつけたのだ。しかも罵倒したとなれば平静ではいられない。 その姿にガイアスは珍しい、と息をこぼし微笑する。 「どうだ、あれは中々骨のある女だろう?」 ガイアスの口調は随分と楽しげで、ウィンガルもまた珍しいと目を丸くする。 けれどそれは一瞬の事で、すぐに無表情に戻るとウィンガルは書類に筆を走らせた。 返事はなくとも答えが分かるのは長年共に歩んできた成果か。 そんな事を考えつつ、ガイアスもまた、机に置かれた書類の一枚に手を伸ばす。 どこからともなく穏やかな空気が流れていた。 が、書類に目を通すや否やその空気は一変する。 肌が粟立つ感覚にウィンガルの神経が研ぎ澄まされる。 「ウィンガル、至急アグリアとプレザを呼び戻せ」 文字は簡単に解読されぬよう暗号化されていた。 踊るのはラ・シュガル、進軍などの不穏な文字の数々。 「戦だ」 それは紛れもない、戦の始まりを告げるものだった。 111002 |