父さんがまだ存命だった頃は本当に毎日が楽しかった。
鍛錬に勤しむ兄さんを孫権と二人で応援して、呂蒙や周泰さんとお喋りして、周瑜に勉強を見てもらって。毎日が満ち足りていて、私も輪の中心で何時も笑顔でいられた。
それなのに突然舞い込んだ一報は私の幸せを大きく崩れさせた。

父さんが死んだ。

正直信じられなくて、嘘でしょって笑ったのを今でも鮮明に覚えている。
でも血まみれの兄さんと暗い表情をした周瑜を見た途端、あれは本当なんだとようやく理解した。孫権と泣きに泣いて、傷だらけの兄さんに抱きしめられてそれを周瑜が辛そうに見守っていて。


『お前達は俺が守る』


絞り込むように告げられた兄さんのその言葉は聞いてるこっちが痛くなるほど悲痛で、今にも泣いてしまいそうで。
だから私は兄さんや周瑜、呉の兵達に誓った。


『兄さん達は私が守るから』


勝手な私だけが知る誓いだけど、兄さんが私達を守ってくれるなら私が兄さんを守ってみせようと思ったんだ。
一度誓った以上破ったりは絶対にするな。
昔強い目で言った父さんが思い浮かぶ。

だから私は絶対に誓いを破る訳にはいかないのだ。




「お姉ちゃん、どうしたの?」


目の前に入り込んだ大きな二つの瞳にはっとして現実に引き戻される。
周泰さんを抱きかかえ眉を下げる姿はあの記憶より随分と大きくなった。思わず手を伸ばして一人と一匹を抱きしめる。最初恥ずかしいと抵抗した孫権だったが、暫く経つと諦めたのか大人しくなった。


「お姉ちゃん、なんか今日変だよ…」

「わふ」

「そんな事ないよ」


やだなあ、孫権や周泰さんにまでバレてる。
口では何て事ないと言いながら私の胸中は明け方のままモヤモヤとしたままで、ちょっと油断すればまた泣き出してしまうだろう。可愛い弟に変な心配はかけたくない。多少歪でもいいからと必死に口角を上げて見せる。


「うん…」


孫権は眉を下げたまま小さく頷く。
その腕の中で周泰さんがクゥンと切なげに鳴いた。
優しい子に育ってくれてお姉ちゃん嬉しいよ。
そっと額に口づけてもう一度笑ってみる。
きっとさっきよりは上手く笑えたはずだと自分に言い聞かせて。

だから私は気づけずにいた。
少し離れた所から私を見つめる人がいた事に。


120225