『貴方が好き』


生まれて初めての告白は『明け方来い』なんて言う、意味不明な物で終わった。

約束の明け方。
こっそりと部屋を抜け出して周瑜の部屋まで来たが、どこにもあの後ろ姿はない。
どこにいるんだろう、兄さんの所だろうか。
後ろ手で扉を閉め、普段周瑜が座っている椅子に座り息をつく。すると突然両手がガタガタと震え出した。あれ、私緊張してるのかな。そんな自分に吃驚して未だ震える両手を凝視してしまう。

瞬間、カチャと扉の開く音がして私は立ち上がった。
そして見えた白に思い切り抱きつく。


「なに、そんなに恋しかったの?」

「うん、恋しかった」

「………」


白い視線が投げかけられたけどあえて気づかないふりをする。周瑜は私の肩を押し、自分から引き離すと先ほどの私同様後ろ手で扉を閉めた。


「部屋に来たって事は本気なわけだ」

「本気に決まってるでしょ。人の告白を何だと思ってるのさ」

「ふーん」


興味なさそうに呟くと周瑜は定位置である椅子に腰掛け、私を手招きする。ひょこひょこと近づけば、ぐっとそっちの方に腕を引っ張られ、なすすべもなく倒れ込む。ちょうど椅子に座る周瑜の上に跨がる形だ。突然の接近に頭が追いつかない。ただ固まっていると周瑜は私の頬を掴み、強い口調で言った。


「嘘が下手だねぇお前は」


嘘?下手…?
心臓がドクンと一際大きな音を立て軋んだ。
その間も周瑜は呆れた口調で続ける。


「俺が好き、って言うけどお前の中で正直俺は孫策と同じ位置…もしくはちょっと下でしょ?」

「そんな事、」

「小さい頃から世話してたのは誰だと思う?」


そう言われてしまうと言葉が出ない。
兄さんの親友である周瑜は良く私や末弟の孫権の面倒を見てくれていた。それは勉強から食事の世話までと様々で、よくよく考えてみるば簡単に分かる事だった。私はあらゆる意味でこの人に勝てない。
それでも、


「お願いだから…」


今の私は周瑜に縋るしかないのだ。


「お願い、って言われてもねぇ」

「お願い、周瑜!私絶対迷惑かけたりしないからこの告白を受け入れて…!」


畳みかけるように私は言う。
いつの間にか解放されていた両手は相変わらず震えながら周瑜の上掛けに皺を作っていた。
それなのに周瑜はどこか他人ごとのようで、無表情に私を見下ろすばかり。ひどく自分が滑稽に見えた。でも縋るのを私は止めない。お願い、お願いと何度も懇願する。


「無理だ」


私は心のどこかで周瑜はこのまま受け入れてくれるなんて思ってた。何だかんだで周瑜は何時も私達に甘かったし、きっとこのお願いも嫌みを交えながら叶えてくれるだろうと。
でもそれは子供地味だ甘い考えだった。そう現実を叩きつけられてしまった。


「…なんで?」

「自分で分かってる事を一々人に聞かない」

「分からないから、聞いてるの…」


頭上から盛大なため息が落ちる。周瑜は震える私の手を上掛けから引き剥がすとキュッと自分の両手で包み込んだ。


「今のお前は妹のようにしか思えない」


はっきりとした言葉だった。
そこからは駄々をこねる子供を諭すように、冷たくだけど暖かく私を叱りつけて来る。その姿は兄そのものだった。


「じゃあ、どうしたら受け入れてくれるの?」

「白」

「どうしたら私は傍にいられるの?」


タイムリミットはもうすぐそこまで来てると言うのに。
とうとう嗚咽をもらし始めた私に周瑜は困った顔をした。
でもゆっくりと頭を振るとポン、と私の手を突き放す。


「ぁ、」


たった数歩の距離が途方もなく遠く感じられた。
椅子に腰掛けたままの周瑜は皺になった上掛けを伸ばしながら目を伏せている。女の私よりも長い睫毛が影を作ってとっても綺麗だった。


「今の必死に縋るお前も嫌いではないけど、」


ツ…細められた瞳が私を射抜く。


「元の毎日馬鹿やっては俺を困らせてたお前の方が好きだったかな」


周瑜の瞳は言葉と同じ、冷たくも暖かい色をしていた。
何だ、やっぱり私に甘いんじゃない。
口には出さず心の中で呟くと勝手に頬が引きつった。

ああやって突っぱねといて、こうやってすぐに甘やかす。本当、タチが悪い人だ。これだから諦めがつかないんじゃないか。


120225