「なあ孫策、今日お前の妹に告白されたんだけど」

「はあ!?」


夜も更けきり、起きているのは見張りの兵だけと言う時間帯に吃驚した孫策の声は良く響いた。きっと部屋の前に立つ兵が何事かとこちらを伺っているだろう。キーンと耳なりする両耳を両手で押さえ、告白された男、周瑜はその端正な顔を歪める。


「うっさいなあ。時間考えろよ馬鹿三白眼!」

「手前も十分うるせぇんだよスカシイカ男!!」


そのままギャアギャアと年甲斐にもなく殴り合いの喧嘩を始める二人。その騒音は外にまで漏れだし、きっと兵は思った事だろう。
嗚呼、何時ものお二人だ。
今日も呉は平和だと。




どれほどの時が流れたのか。
両者肩で息をしながら孫策と周瑜は床に座り込んでいた。


「…告白、されたのか」

「ああ」


誰に、とはもう言わない。
二人の脳裏に浮かぶのは孫策の妹である少女だけだ。
そうか、あいつが告白したのか…孫策は少なからずショックを受けていた。けれど妹の恋愛にまで口を出すような真似はしたくはない。複雑な胸の内と同様、表情は苦悶に満ちている。


「あいつを…幸せにできんのか?」


気がつけばそんな言葉を口にしていた。
それこそ幼少期から周瑜と一緒にいた孫策である。癖のある性格をしているが気心の知れた周瑜なら妹を大事にしてくれるだろう確信があった。しかし「はい、そうですか」と妹を渡すほど孫策は家族離れが出来ていなかった。

僅かな沈黙が流れ、周瑜が重々しく口を開く…


「いや、誰もお前の妹貰うなんて言ってないし」


はずだった。


「は?」

「なにその間抜け面。だから俺は告白されたって報告してやっただけであって、別に恋仲になるつもりはないんだってば」


馬鹿じゃないの。
何時ものスカシた顔で笑みを耐える周瑜に孫策は何も返せなかった。
今までの話について行けていなかったのである。
しかし我慢が出来なくなった周瑜がゲラゲラと笑い出すと、孫策も張り詰めた糸が切れたように肩を震わせた。


「手前ェ…周瑜!家の妹振るとはどう言う了見だっ!!」

「え、なにお前逆ギレしてんの」

「うるせぇ!!何でか知らんが腹が立つ!!!」


そのまま振り上げられた拳を間一髪で避け、周瑜は足払いをかける。不意打ちの攻撃に、前のめりになった孫策だったが何とか耐え、再び周瑜に向けて殴りかかった。

 
「ちょっと、お前沸点低すぎだろ!?」


避けては攻撃をしかけ、また避けては攻撃し、無駄な応酬は結局朝方まで続き、孫策が戦意消失で止まった頃には服はボロボロで、お互い体のあちこちに傷を作っていた。


「ったく、無駄な、体力使った…」

「うっ、せぇ」


ここまで喧嘩したのは何時ぶりだろうか。
まさか真夜中に二度も喧嘩する事になろうとは思わなかった。床に寝転がり、ふて寝を始めた孫策にため息をつき周瑜はヒリヒリと痛む己の頬を指でなぞる。

孫策がキレるのも正直無理はない。父、孫堅が黄祖によって討たれて以降、孫策は目に見えて家族に過保護になった。怪我や風邪なんてひこうものなら大慌てだったし、恋愛になればこうなってしまうと今夜証明してしまった。


「そろそろ妹離れしたら?“お兄ちゃん”」


一言嫌みを残し、周瑜は埃にまみれた衣服を叩くとそのまま部屋を後にする。
堅い表情をした見張り番の兵達に見送られ、自室へ戻る最中、周瑜は昼間の出来事を思い返す。

それは本当に前触れもなく突然だった。
末弟の孫権に兵法を教えた帰り道、立ちふさがるように前に躍り出た白は大きな瞳に固い決意を乗せ言った。


『私、貴方が好き』


自分なりに可愛がって来た少女からの告白に、胸が高鳴ったのは否定はしない。けれどどうにもその瞳が気になった。その奥に見える決意は一体何だ。眉を顰め、探ってみたが真意は見えず、周瑜は盛大に頭を振り、白の横を通り過ぎた。


『お前が本当に好きだと言うなら明日の明け方部屋においで』


現在、空は白くなり始めていた。約束の明け方だ。
細工の施された扉を開いた瞬間襲った衝撃に、周瑜は驚く事もなくただ困ったように肩を竦めた。
落とされた周瑜の視線の先、そこには自分に抱きつき、あの瞳で見上げる白の姿があった。


120225