謀反を企てたにも関わらず、兄さんの下した釆家の処罰は比較的寛大な物だった。きっと私の事を考えてくれた結果なのだと思う。首謀者である当主達釆家は全員国外追放、何も知らず釆家に仕えていた者達は皆故郷に返された。
この甘い処罰にはもちろん反対の声も上がった。だがここで周瑜の出番である。周瑜の説得により、半刻と経たぬ内に反対した者達は皆兄さんの判断に従った。かく言う私も兄さんの寛大な処罰により、元通りの生活を送っている。

そして今現在、此度の騒動を知る数人を集めてのささやかな宴が催されていた。


「てゆーかさっき「誰が殺すものか」なんて格好つけてたけど、そう説得したのって俺だよねぇー」

「ああ、そうだな…だがそれとこれとは話が別だ!手前、よくも白を…!!」

「抱きしめたって?」

「っー!ぶっ殺してやる!」


いや、宴ではない。
宴と言う名を借りた兄さんと周瑜の喧嘩大会だ。

年甲斐にもなく殴り合う二人から離れ、私は孫権や周泰とご馳走を頬張る。ここ数日、何を食べても食べた気がしなかったせいか、普段より何倍も美味しく感じられる。


「うわっ、周泰さん!食べちゃダメだよ!」

「バフ!」

「姫サーン…ヒック」


とっくに酔いつぶれた太史慈のアフロに噛みつく周泰さんを宥める孫権。よくある一幕に胸が暖かくなり、黙って見守っていると横から杯を渡される。


「呂蒙!」

「白さまも一杯いかがですかー?」

「うわっ、微妙にお酒くさい…呂蒙酔ってるでしょ!?」

「酔ってませ…へぶあ!?」


突然の突風が目の前を通り過ぎ、鈍い音と共に呂蒙の小さな体が壁に埋まる。
さあと血の気が引いて、恐る恐ると突風が吹いた方向を見れば何かを投げた体制で、それでもなお互いの胸ぐらを掴み合う兄さんと周瑜の姿があった。次いで壁に埋まったままの呂蒙を見れば床には酒瓶と杯が転がっている。間違いない。二人が投げた物だ。


「二人とも喧嘩してるんじゃなかったの!?」

「これ以上嫁入り前の白に何かさせる訳にはいかねぇだろ!」

「だから俺が貰ってやるってば」

「誰が手前にやるか!!」


兄さんと言い分と周瑜の言い分は全くかみ合っていないのに息はピッタリと合うのだから不思議だ。また殴り合いを始めた二人に止める気力すら失せてしまう。ちらりと横に目を向ければ周泰さんは太史慈のアフロを噛み続けていたし、孫権は羨ましげに二人を眺めていた。うん、突っ込み要員不足だ。早々に諦め、私は一人席を立つ。少し外の空気を吸って来よう。その間にこの喧騒が過ぎ去っていると信じて。




部屋に面した小さな庭は私のお気に入り場所だった。地面に座り込み大きく背伸びをする。そして張昭や張紘が見れば怒られるだろうなあなんて考えて空を見上げた。満月は過ぎ、今宵は三日月だ。けれどこの場所はとても明るい。仰向けに寝そべりもう一度背伸びをする。すると月に負けぬくらいの輝く金色が私の目に飛び込んで来た。


「晴れてバツイチになった感想はどう?お姫さま」

「んー悪くないかな」


金色の髪を揺らし周瑜は私の頭の後ろに腰を下ろした。私は仰向けのまま周瑜を見上げる。長い髪が夜風に吹かれ流れる様はまさに絶景だった。


「…ありがとう」

「ん?」

「私を許してくれて」


謝罪はしたけどお礼はまだ言っていなかったから。
そう付け加えると周瑜も納得したようで一つ頷きを返してくれる。


「まあお互い得た物は大きいしいいんじゃない」

「得た物って?」

「お前は俺、俺はお前」


まず自分を指差し、その後私を指差す。その指先を見つめ私は身を縮こませた。
恥ずかしい。
それこそ昔から私は周瑜が好きだったのだと思う。けれどいざこう、口にされるとどうにも恥ずかしさが勝って素直に喜べない。


「周瑜は良かったの…?私なんかで」


だから可愛げもなく、こんな風に問いかけてしまう。


「まあ確かにお前はバツイチだしブラコンだし馬鹿だし餓鬼だし素直じゃない…けど」


ゆっくりとなれど流れるような動作で周瑜が身を屈める。
あ、と気づいた時にはすでに私の唇に暖かな何かが触れていた。


「そんなお前を愛しいなんて思った俺も俺なんだよ」


至近距離にある周瑜の顔は何時もの何倍も綺麗だった。
でも兄さんがこの表情を見たならば、スカシ顔と呼びまた殴り合いの喧嘩になるのだろう。簡単に予想が出来てしまうそんな二人に私は腹の底から笑い声を上げた。それこそ涙が出るほどに笑って笑って、終いには周瑜の膝に頭を乗せそのまま腰に抱きついた。


「うわ、普通逆じゃない?」

「お願い」

「……すっかり狡賢くなりやがって」


盛大な毒を吐きながらも周瑜は私を引き離そうとはしなかった。だから調子に乗ってもう一つお願いをしてみる。


「ねぇ後で笛聞かせてくれないかな?」

「はあ?」

「お願い!久しぶりに聞きたいの」


たまに気が向いた時にだけ聞かせてくれる周瑜の笛は、今まで聞いて来たどの楽師よりも美しい音色を響かせると私は知っていた。残念なのは周瑜が面倒臭がりで、気分屋なため本当に時々しか聞かせてくれない事だ。
口には出さないけど兄さんも周瑜の笛の腕前は認めていて好んでいる。さすが兄妹。趣味は似通っていた。


「…後で、周りが眠ってからね」

「うん!ありがとう周瑜」

「ドウイタシマシテ」


もう一度ありがとうと気持ちを込めてぎゅっと抱きつく。
そうすると気怠そうにしながらも周瑜は私の頭を撫でてくれた。何だか夢を思い出す。自然と私の口からはあの言葉が出ていた。


「ずっと一緒にいてくれるよね?」

「お前次第だけどね」

「そっか…なら私頑張る」


一緒にいられるように、兄さん達を守れるように。


「この賭けって、実は私の勝ちだったりするのかな」


周瑜が私の想いを受け入れてくれたなら私はこのまま兄さん達のそばで皆を守ろう。
受け入れてくれぬなら兄さん達のため離れた場所から見守ろう。

張昭、張紘の持って来た縁談で悩み抜いた挙げ句勝手に行った賭けの勝敗は紆余曲折しながらも、どうやら私の勝ちに終わるらしい。

やっぱり周瑜は私達に甘いのだ。数日ぶりの満面の笑みを浮かべ私は周瑜に向けて手を伸ばす。触れた指は私の頬を優しくなぞり、そしてまた優しい口づけを降らせた。