たった一日で私の嫁入りは終わり、夫や家族となるはずだった者と共に私は見慣れた城に戻って来ていた。
釆家の人間は全員縄で縛られて牢に入れられたにも関わらず私は周瑜と呂蒙に見張られるだけ。さすがに元いた部屋には入れなかったがそれでも牢よりは随分とマシだった。

私の身は兄さんの判断に委ねられるようだ。
呂蒙は大丈夫ですよと必死に私を励まし、周瑜も固い表情のままではあるがずっと私の隣にいてくれる。けれどその優しさに答えられない自分がいて、それがとても歯痒い。
釆家の屋敷を出る際、見た光景は私の胸に暗い影を落としていた。赤黒い血に濡れた土壁と悔しそうに俯く当主、意識なく横たわる夫となるはずだった人。目蓋に焼き付いたそれは目を瞑るとありありと浮かび上がり、言葉を発する事ですら困難にさせた。


「あ、周瑜さまどちらに?」


呂蒙の声に弾かれ顔を上げれば、私の隣に立っていたはずの周瑜が扉を開け外に出ようとしていた。


「少し用を思い出してね。呂蒙後は任せたよ」

「ええ!?」

「それじゃあ宜しく」


扉が閉まって、傷だらけの白が見えなくなる。
また静まり返った室内で、呂蒙は暫く私の前をうろうろと歩き回り、ふと立ち止まると私に向き合い乾いた笑い声を上げた。




夜が明け切ろうとする頃、寝台から起き上がった孫策の前には無数の傷を負った自分の右腕が立っていた。
しかし孫策は周瑜に労りの言葉をかけるでもなく、ただ黙している。


「孫策」


先に口を開いたのは周瑜だ。
重々しく親友であり主君の名を呼び、周瑜は迷う事なく口にした。


「俺は白を貰うよ」

「なに…?」

「ああ、お前が反対しても曲げるつもりはないから」

「おい周瑜…」


孫策の雰囲気がイライラとした物へ変化する。そこらの武将ならそれだけで震え上がってしまうが、幼い頃から共にいる周瑜にとっては慣れた物で涼しい顔で孫策からの返答を待つ。


「あいつは釆家に一度嫁いだ身だ。手前がどう言おうとあいつは釆家と運命を共にするしかねぇ」


苛立ちを隠す事なく孫策は、周瑜を睨みつけ言い放つ。だが後半に差し掛かるにつれ声が掠れてしまっている。それは孫策が白の身を案じる兄であるからに他ならない。
周瑜は、孫策の発言をはっと鼻で笑った。


「だからお前はバカなんだよ、孫策」

「なんだと?」

「本当にそう思ってるなら城についてすぐ、白も牢に入れて処刑すべきなんだ。それなのに暖かい部屋に入れて後生大事に俺や呂蒙を監視役でつけて…分かりやすすぎだっつーの」


孫策は白に対して兄妹の情を捨てきれていない。
周瑜の指摘は的確で、孫策は反論出来ずにいた。変わりに手が出る。孫策は寝台から立ち上がり、周瑜の胸ぐらを掴み上げた。しかし周瑜も負けてはいない。孫策の胸ぐらを掴み返しつり上がった眼を真っ直ぐと睨み返す。


「もしお前が白を釆家共々処刑するって言うなら、俺は白を連れて城を出る!」

「んな事許すと思ってんのか!?」

「ああ、思ってるね!そんな粋がってもお前は馬鹿で、あいつの兄だからな!」

「ふざけんな!!第一手前言ったよな!?白と恋仲になるつもりはねぇと!今更気持ちが変わったとか言うつもりか!?」

「っんとに…この大馬鹿が!」


ガツンと鈍い音が響く。
背後にあった椅子を巻き込み床に倒れたのは孫策だ。
周瑜は胸ぐらを離す事なく盛大なため息をつく。


「その発言が、証拠だろう」

「………」

「妹の未来を案じての発言、それが何よりの証拠だろう」


孫策は奥歯を噛み締めた。
自分自身分かっていたのだ。
俺は妹を殺せない。
けれどこれは国の問題。
心を鬼にして処罰を加えるべきなのだ。眠りもせず一晩中考えて、やっと決断を出したと言うのに。


「幸い白が釆家に嫁に行ったと知る者は少ない。もう俺が言いたい事は分かるだろ?」


諭すようにそう言うと周瑜は胸ぐらを掴んでいた手を離した。ようやく楽に呼吸が出来るようになり、孫策は顔を伏せ大きく深呼吸する。


「んなっ!?」


そして巻末入れず油断している周瑜に向けて頭突きを繰り出した。

寝ていない体は相互に同じだけのダメージを食らわせ、二人揃って低く苦痛の声を上げ床に倒れ込む。しかし二人の表情はどこか晴れやかだ。特に孫策はすっきりしたとでも言いたげに口端をつり上げ、笑い声をこぼしている。


「なに笑ってんのドM」

「うっせぇ…鬼畜軍師」


その声色が全てを醸し出していた。
もう孫策には白を処刑する気はない。
本当に手の掛かる兄妹だ。
悪態をつきながら周瑜もまた笑い声を上げた。


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