予想通り釆家は孫呉に対し謀反を企てていた。
密かに集めていたのだろう、最後の足掻きと釆家は持てる兵力を全て出し切り、周瑜率いる呉軍へ向かって来た。しかし所詮は寄せ集めの兵。見事な統率の取れた呉軍に適うはずもなく、二刻と経たぬ内に釆家当主は捉えられた。


「周瑜さま!未だ釆家当主の息子と白さまが見つかっておりません!」

「屋敷中くまなく探せ。抵抗するようなら多少怪我をさせて構わない」

「はっ」


屋敷のあちこちから兵達の声が聞こえて来る。
共に率いる立場である呂蒙ですら釆家嫡男を探す今、自分一人この場に残る訳にはいかない気がした。数人の兵に当主を見張るよう命令し、周瑜は刀を手に釆家嫡男と、白を探し歩く。

それにしても入り組んだ広い屋敷だ。こうしている間にも釆家嫡男は白を連れて、逃げてしまうかもしれない。不思議と刀の柄を握る手に力がこもり、周瑜は歩調を早めた。
途中何度かまだ隠れていたらしい男が斬りかかってきたが難なく撃退出来た。部屋を見ては、また歩き、二人否白の姿を探しては焦りが募る。

しかしだ。白を見つけたとして果たして自分はどうするのだろうか。孫策の命令通り捕らえる事が正しいのだろう。だがいざ捕らえた時の白の表情を考えると、どうにも胸が痛くなる。呂蒙にはああ言ったが本当は見つけぬ方がいいのではないか。そんな迷いが胸を掠めた時、暗闇に光る銀が視界に入り込む。咄嗟に刀を前に出し受け止めれば重い痺れが腕に走った。


「やぁっと、見つけた」


ギリギリと鍔迫り合いながら奇襲をかけて来た男を睨みつける。釆家嫡男…知勇兼備と謳われる勇将で白の夫となるはずだった男。
力を込め、刀を跳ね返す。数歩の距離を開け周瑜は刀を構え直した。これは中々骨が折れそうだ。


「呉王孫策に弓引きし罪、その身をもって償ってもらおうか」




さすがにあの男と一対一はきつかったか。
周瑜は床に伏した釆家嫡男を見下ろし、荒い息を整える。周瑜自身まさに満身創痍と言った様子で、美しいと称される顔にも無数の切り傷をつけていた。その中の一つは昼間孫策につけられた傷であり、周瑜は苦々しく舌打ちを漏らすと刀を引きずるようにして歩みを進める。
まだ肝心の白は見つかっていないのだ。


「白」


ようやく見つけた白は眠っていた。起こっている惨劇も知らぬ穏やかな寝顔に周瑜は脱力する。
人の気も知らず暢気だなあ。
床に膝をつき、小さな手を握りしめる。すると身じろぎの後、ゆっくりと白のまぶたが開かれた。


「ゆめ…?」


蚊の鳴くように、小さく呟き白はじぃと周瑜を見つめている。今自分がどのような表情をしているかも分からぬまま周瑜は軽く、本当に軽く白の頭に手刀を落とした。


「この馬鹿餓鬼」


やっと今になって分かった。
一連の白の行動の意味、白も白なりに賭けに出ていたのだろう。ただ白は嫁ぎたくなかったのだ。家を、兄達の傍から離れたくなかったのだ。だからあんな風に自分に縋ったのだ。


「周瑜、怪我してる…」

「ん、まあね」

「早く治療しないと」


意識が覚醒して来たようで、周瑜の傷を見た途端白は目を見開き慌て出した。
けれど周瑜は握りしめる手を離さない。握られた自分の手を見下ろし白ははっとして、また俯いた。


「……なんで、いるの」

「釆家に謀反の疑いがあってね。だから俺は孫策に言われて当主達を拘束しに来たってわけ」

「謀反…?」


聞かされた真実に白は唇を震わせた。信じられないのも無理はない。けれど紛れもない真実だ。
困惑する白は世話しなく目を動かし、ある一点で止める。振り返らずとも分かる。白は見てしまったのだ。夫となる男が地に伏している様を。
どんな反応が返って来るか、周瑜でも分からなかった。けれど良い反応は返って来ないだろう。そっと握りしめていた手を離し、言葉を待つ。しかし何時まで待とうと白は言葉を発しなかった。あまりの事に声が出ないのかもしれない。周瑜は自分から話しかけようと目線を合わせた。しかし言葉は出なかった。すぐそばにある白の瞳にあの時の固い意志はない。変わりに悲しみや悔しさと言った負の感情が滲んでいた。


「…ごめんなさい」


謝罪はどちらに向けられた物だったのだろう。
分からぬまま周瑜は傷だらけの体で白を抱きしめた。泣きもせず、その背に腕を回す事もせず受け入れる白を見て周瑜は思う。


「白、城へ戻ろう」


自分にはこの少女を傷つける事は出来ないと。たとえ命令違反になっても構わない。
それでもこれ以上白を傷つけたくはなかった。

きっとこの感情を人は、


120227