今日の周瑜さまは変だ。

そろそろ昼時、何時もなら休憩を入れて一服する頃合いだと言うのに筆を降ろさず、机に向かい続ける事約二刻。昼時はとっくに過ぎ、外の兵達の習練の声もすでに聞こえなくなった。

途中、何度か呂蒙は休憩しないのかと聞いてみた。しかし返事は毎回否で、それプラス通常より幾分か鋭い嫌みが返って来るばかり。さすがの呂蒙もこれには参ってしまい、嫌みを言う元気はあるのだし大丈夫だろうと黙々と執務をこなしていた。だが、やはりどうにも気になってしまう。
しかし残念な事に、もう一度問いかけてみる勇気は呂蒙に残されていなかった。


「………」


周瑜自身変な態度を取ってしまっていると言う自覚はあった。そして呂蒙が自分を心配していると言う事も分かってはいた。しかしそれを受け入れ、素直に一服するだけの余裕は今の周瑜にはなかった。


「(調子狂うなあ)」


昨日の夜、周瑜は試してみようと思ったのだ。
もし白があのまま自分に抱かれたなら、願いを叶えてやろうと。もし拒否したならば動かぬ証拠と一連の言動の理由を聞き出そうと。三対七の割合で後ろの方へ転ぶ自信はあった。だからあのような無体を働いたのだが結果は失敗。しかも今日は朝から白の姿を見ていない。


「(本当、調子狂う…)」


胸中で呟いたその時だった。
バン!と大きな音と共に扉が開かれ、否飛んで来たのは。扉だった板は周瑜のギリギリ横を突風と共に通り抜け、ちょうど後ろの窓を割り、部屋に面した庭に落下した。外からは突然降ってきた扉に驚き叫ぶ兵達の声、室内ではこちらを心配して叫ぶ呂蒙の声が響き、周瑜はイライラとした様子で痛みを訴える頬を乱暴に拭った。


「何の用?バカ兄」


扉を殴り飛ばしたバカ兄、孫策は普段ただでさえ険しい目つきを更に険しくさせズカズカと歩み寄って来る。
そして周瑜にとっても呂蒙にとっても衝撃的な一言を放った。


「白が今朝、突然嫁に行くと言って来た」


ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
そんなはずがない。そう言いたくとも周瑜の明晰な頭脳は孫策の言葉は真実なのだと告げていた。


「しかもあいつは『これ以上迷惑はかけられない』と、準備も何もせず身一つで城を出て行きやがった」


嗚呼、だから今朝から姿が見えなかったのか。


「相手はこの前ようやく配下に下った釆家の嫡男だ」

「それを俺に言ってどうしろって?まさか連れ戻せとでも?」

「……釆家に謀反の気がある」


瞬間、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。しかし周瑜はそんな衝撃などなかったかのように、孫策に掴みかかる。その目にはありありと怒りが見えた。


「っ…お前、それを分かっててあいつを嫁に行かせたのか」

「ああ」

「あいつが、白がどんな末路を辿る事になるか分かっているのにか!?」

「ああ…だから周瑜」


激情する周瑜と妙に落ち着いている孫策。
普段とまるで真逆だった。

孫策は静かに胸ぐらを掴む周瑜の拳を引き離す。
時間にして数秒、しかし永遠にも似た長い時間が流れる。
その間思い浮かぶのは昨夜の白の顔だ。


「命令だ。白共々逆賊釆家を拘束しろ」


120226