孫権や私の部屋は数ある城内の部屋でも一番奥にあった。それが兄さんなりの過保護の現れなのだろうと思うとどうにもむず痒く、周瑜の後ろを追いかけながら私はとっくの昔に見慣れたはずの景色を眺めていた。 「周瑜」 何だろう、無性にこの光景が懐かしい。 クンと袖を掴むと周瑜はこちらを振り返ってくれる。 「手、繋いじゃダメかな」 焦りが私を駆り立てていた。 けど驚くほどすんなりと口に出来たお願いは、きっと私の本心に変わりなく数秒考え込むとそっと周瑜は私の右手を取った。 「ガキ」 その嫌みが周瑜らしくて苦笑してしまう。 優しく引っ張ってくれる手は私が幼い頃無償で与えられていたそれと変わらなかった。綺麗な外見に似合わない、おっきくてゴツゴツした男の人の手。じんわりと浮かび上がった感情を隠すために、キュッと手を握りしめる。けれど周瑜に隠し事はきかない。冷たい視線が落とされ、私は俯いた。 「明け方の俺の言葉気にしてる?」 「……ちょっとだけ」 「そんな風に子供に戻られても俺はお前の望む返事は返さないぞ」 「…うん」 あれは周瑜なりの慰めだって事ぐらい最初から分かっていた。そしてこの繋がれた手は慰めの延長。きっともうすぐ何事もなかったように解かれてしまうんだ。 浮かび上がった感情が堰を切って溢れ出す前に。私の方から解いた指はあっという間に周瑜の手から離れた。けれど残るじんわりとした温もりが感情を増幅させてしまう。 「ねぇ周瑜…」 「ん?」 「もう一回だけ私にチャンスくれないかな…」 我ながら汚い手だ。 何度も言うようだが周瑜は私達に甘い。なんだかんだで大抵の事なら許してしまう。 狡い言い方でもう一度、最後のチャンスを求めた。 周瑜は先ほど、手を繋ぐ時より長く押し黙り昨日と同じように私を置いて横を通り過ぎる。 「今夜部屋においで」 案の定周瑜は私の狡いお願いを聞き入れてくれた。 首を長くして待っているだろう孫権の元へ向かう美しい金色の髪を見えなくなるまで見送る。 正真正銘今夜が最後のチャンスだ。 さすがにもう周瑜はこれ以上チャンスを与えてはくれないだろう。 もし今夜同じ返事しか得られないならその時は、 「……兄さん達は私が守るから」 この身を賭してあの日の誓いを守ろう。 120226 |