さて、これからどうするか。

勉強の時間だと言うのに自室に戻って来ない孫権を探すため周瑜は城内を歩き回っていた。と言ってもその表情に焦り等は全くなく、何時もの涼しげな物だ。
途中挨拶して来る兵達には丁寧に声をかけ、熱の籠もった眼差しを向けてくる女官には微笑みを返す。表面では友好的な態度を取ってはいるが、内心ではあまり穏やかではなかった。明け方の出来事は少なからず周瑜に影響を及ぼしていたのだ。


「太史慈?」


中庭に面した廊下を歩いていると前方に見慣れたアフロヘアーが見えた。
百パーセント太史慈だと言う確信はあったが一応確認してみる。どうやら柱に隠れ何かを見ているようだが残念ながらアフロヘアーが見えてしまっている。慌てて指を立てシーッと言う太史慈に周瑜は慣れた手つきで手刀を決めた。


「なにコソコソしてるんだ……って、」


見事割れた髪を戻す太史慈の視線は変わらず中庭に向いている。一体何があるのか。興味本位で視線をたどり、周瑜は言葉を詰まらせた。


「白?」


周瑜の探し人である孫権を抱きかかえ笑みを浮かべる白を太史慈は見ていたと言うのか。じろりと視線を投げると太史慈が年頃の少女のように頬を染めた。聞かずとも分かる。太史慈は主君の妹である白に忠誠以上の感情を抱いている。


「気持ち悪い」

「んな!?」

「髪が湿気吸って動けなくなったのかと思ったら柱に隠れてジロジロと…気になるなら話しかければいいだろう」

「か、簡単に言うな!あの人はお姫さんで…そのよぉ」


叫んだかと思えばもじもじし出した太史慈にもう突っ込む気力すら失せる。もう勝手にすればいい。何の言葉もかけず中庭へ足を踏み入れると、また何やら叫び声を上げ太史慈は後をついて来た。
最初からそうしてれば良かったんだ。


「孫権ー?」

「うわっ、周瑜!?」


地を這うような声に孫権は慌てて姉の腕の中から飛び出した。周瑜の姿を見てようやく思い出したらしい。


「お姉ちゃんごめんなさい!僕、これから勉強だった」

「ううん、頑張ってね」

「うん!」


姉に励まされ孫権は意気揚々と城内へと駆けて行った。
残されたのは白、周瑜、周泰、太史慈だ。白と周瑜の間には独特の空気が流れるし、太史慈に関しては間近で見る白にまだもじもじしている。そんな中、周泰は一匹暢気に欠伸をした。


「さて、末っ子を追いかけないとね」

「あ、周瑜…」

「ん?」


面倒臭そうに髪をかき、周瑜は踵を返した。
が、後ろからかかった声に顔だけ振り返る。


「私も一緒に行っていい?」

「御勝手に」


少し緊張した面もちで伺いを立てて来る白を拒否する理由はない。パアと嬉しそうに笑みを浮かべ、白はすぐに駆け寄って来た。それはまるで昔のようで周瑜は僅かに柳眉を顰めた。だがそれは誰にもバレる事なく元に戻される。

スタスタと先を行く周瑜と追いかける白をその場に残された太史慈はただ呆然と見送った。


「わふん」


ドンマイです。
周泰なりの励ましが吹き抜けた風と共に太史慈を包む。
脳裏にこびりついたあの嬉しそうな笑みと去りゆく後ろ姿を思い出し、太史慈はガックリと膝をつくのだった。


120225