未来if(子供がいます)


死に物狂いで駆け抜けた日々は数年が過ぎた今でも脳裏に焼き付いている。
こうして忙しいながらも穏やかな日々を送っている事が不思議なくらいだ。
読んでいた本から晴れ渡った空へと視線を向け、レイチェルは散って行った人々を思った。ふと布ズレの音が耳に入る。天幕の下りた寝台を見ればその隙間から大きな赤い瞳が見えた。まるで猫のような仕草に苦笑が浮かんだ。


「おはよう、具合はどう?」


椅子から立ち上がり、天幕を捲ればそこにいたのは愛しい我が子。寝台の中央に座り込みぼんやりとした瞳を母に向けてくる。


「母上…いつからそこに?」

「あの人が貴方を運んできてからずっと」

「あの人って…」


年甲斐にもなく子供らしい報復をする母に肩が落ちる。
久々に晴れた事だしと、自ら頼んで忙しい父に剣の稽古をつけてもらったくせに、うちどころが悪く、気を失ってしまったのは自分のせいだと言うのに。別に父上は悪くありません。視線でそう伝えど、分かっているのか分かっていないのか、レイチェルはわざとらしく首を傾げている。


「分かってるのよ。どちらかと言えば私も厳しい自覚はあるし」

「なら、」

「でもダメ。気を失うような場所を狙うのはさすがにやりすぎだと思うから」


少し待ってて。
念のためにお医者様に見てもらいましょう。

自分に良くにた髪質の黒髪を一撫でし、足早にレイチェルは部屋を後にした。
一人残された少年は僅かに痛む腹を撫で投げ出した足をプラプラと揺らす。年相応の子供らしい仕草を咎める人間は今ここにいない…そのはずだった。


「何をしている」

「うわっ」


腹の底まで響く低い声が少年の動揺を誘う。
とっさに天幕に隠れ、盗み見た父は何時も通りに見えて少し違う。通常、迷いのない強い意志を宿す赤い瞳に僅かな安堵が滲んでいた。


「まだ痛むか」

「いえ、もう大丈夫です」

「…………」

「…本当は、まだ少し」


同じ色をしているのにどうしてこうも威圧感があるのか。
素直に身体の不調を訴えれば、ガイアスは良い、と短く返す。


「母に心配をかけぬためにも今日はもう休め」

「はい…あの、父上」

「なんだ」

「母上は、」


レイチェルの事を出した途端、ガイアスの眉がピクリと動いた。分かりやすい、実に分かりやすいよ父上。今更無表情を気取ったとてすでに後の祭り。伊達に数年子供をやってはいないのだ。

無言になった父の前、何の言葉も浮かばぬ少年は母が戻ってくるまでの数分間、このいたたまれぬ空気の中、ただ座り込むのである。


もしものお話です/120714


いつかこんな未来を書きたい
多分レイチェルが帰ってきてからも息子の受難は続く