夜、部屋へ戻ってみるとそこに何時も待っていてくれる存在はいなかった。 優に二人は眠れる広い寝台には読書する妻の姿はなく、シーツも不自然なまでに綺麗で一抹の不安を覚える。資料室に本を取りに行ったのだろうか。休む間もなくガイアスはまた寝室を後にした。 ここ最近、レイチェルが寝室近くの資料室に入り浸っている事は従者伝いに知っていた。しかし扉の先に妻の姿はなく、闇が大きく口を開けるのみ。いよいよ不安は形を現し、急ぎ足にガイアスは妻の姿を探し歩く。元の寝室近くの資料室、執務室、湯殿、全てを見回るがやはりレイチェルの姿はどこにもない。残りは普段近寄らない別棟のみとなりガイアスは中庭沿いの渡り廊下を歩く。そして雪の降り積もる中庭の中心に探し求めたあの長い黒髪を見つけたのだ。 「レイチェル」 大した防寒具も身につけず一体中庭で何をしているのか。窓枠を飛び越えて背後から近寄り、肩についた雪を払ってやればレイチェルは弾かれたようにこちらを見上げる。触れた肩は思った以上に冷たく、ガイアスは顰めっ面をした。 「ここまで冷えているとは、何時間ここにいた?」 「記憶にある限り多分二時間ほどは…」 「…もう良い」 レイチェルは一つに集中すると周りが見えなくなる癖がある。出会った当初からそれは分かっていたが、まさかこれまでとは。風邪を引かれては困るとガイアスは自分が巻いていたマフラーをレイチェルの首に巻きつける。拒否するかに思われたがレイチェルも寒かったらしい。大人しくマフラーに顔をうずめた。 「それで、何をしていた」 「ほら、今日ってクリスマスじゃない?」 「…そうだったか?」 あからさまに呆れ顔をしてレイチェルは腕を組む。 ラ・シュガルでは皆クリスマス前になると浮かれる物だがア・ジュールは違うのかもしれない。いや、ただガイアスはそう言う物に疎いだけか。 一つ咳払いを零し、そうなのと力強く頷く。 「何か贈り物をと思ったのだけど良い物が思いつかなくて城内をうろうろしてる内に中庭に来ててね」 「良い物が見つかったと」 「そう」 服の袖を翻し地面にしゃがみ込むとレイチェルはゆっくりと何かを持ち上げた。そして振り返ったその手にあったのは、 「雪だるまか?」 赤いつぶらな双眼が目を惹く小さな雪だるまだった。 レイチェルの赤くなった手のひらにちょこんと乗る雪だるま。これがクリスマスの贈り物なのだろうか。ガイアスの怪訝な視線にレイチェルは唇をへの字にさせ何を思ったか雪だるまに話しかける。 「今日はクリスマスね」 「そうだねー!」 「……!」 突然入った第三者の甲高い声に珍しくガイアスの表情が歪む。しかしレイチェルと雪だるまの会話は止まらない。奇妙な世間話が暫く続き、いつの間にかレイチェルは黙り雪だるまが喋るのみとなっていた。 「それで悩んだ挙げ句私が作られたんだよ!それでね、私が何を言いたいかというとねー」 一呼吸の沈黙の後、雪だるまがまた話し出す。 「何時もありがとう!この聖なる夜があなたにとって良い物となりますように」 「――…メリークリスマス」 何の変哲もないはずの雪だるまの双眼が笑みを浮かべているようにさえ見え、ガイアスは己の目を疑った。 悪戯が成功したように雪だるまの後ろで微笑むレイチェルに今回はしてやられたようだ。 「エコー鉱石だな」 「あ、バレた?」 「良く考えたものだ」 言うなれば全てはレイチェルの一人芝居だったのだ。わざわざエコー鉱石に言葉を吹き込んでまでクリスマスを演出するのがレイチェルらしい。 微笑しつつ雪だるまを取り上げ、地面に置けば赤くなった指先が露見される。ガイアスはその手を取ると強く握りしめた。冷たい指先に移る優しい熱にレイチェルの頬が緩む。 「気に入ってくれたみたいで良かった」 「驚いたの間違いではないのか」 負けっぱなしは性に合わないのだ。嫌みの一つを零せば忽ち不機嫌顔になってしまった。別にこんな顔をさせたかった訳ではない。 少々の時間をかけガイアスはある行動を起こす。手を離し、そのまま両手をレイチェルの両耳へ持って行く。突然音が遮断され、慌て出すレイチェルに顔を寄せゆっくりと唇を動かした。 「メリークリスマス、レイチェル」 声に不機嫌の色が現れたのは、まあ仕方がない。 それと対照的に、何を言われたか分からず小首を傾げたレイチェルの横で雪だるまは相変わらず笑みを浮かべていた。 聖夜に響く/111225 クリスマス記念 |