「そう言えばガイアスって本名じゃなかったのね」


就寝前のようやくゆったりと出来る時間。寝台に横たわりながらレイチェルは微笑み言った。
同じように横たわるガイアスは、レイチェルの方へ顔を向け眉を顰めている。今まで、ガイアスが本名でないと告げていなかった事への懺悔か、もしくはバレてしまったと言う焦りかは分からない。しかしレイチェルはじっと何時もの真っ直ぐな目でガイアスを見据えている。


「カーラだな」

「バレちゃった…?でもカーラさんも悪気があった訳じゃないのよ?」

「分かっている。焦るな」


ため息をつけば、身体を起こそうとするレイチェルの肩を押し、寝台へ戻す。
罰が悪そうな表情でレイチェルは枕に片頬を埋めた。その姿は子供のようで思わず苦笑してしまう。


「…言わずとも俺の名が何と言うか知っているな」

「ん?えぇ…知ってるけど」

「言ってみろ」


まさかガイアス本人に促されるとは思わず、レイチェルは驚き見上げる。しかしガイアスは何時もの無表情に仄かに微笑みを乗せるばかりで何も言おうとはしなかった。
ぐぅと言いたい言葉を飲み込み、小声で夫の真の名を、レイチェルは紡ぐ。


「ア、アースト?」


何故か気恥ずかしくなった。
視線を逸らしレイチェルは頬を赤く染める。


「フ…」

「わ、笑わないでよ!」


もういい、私先に寝るから!

寝台を盛大に揺らし、とうとうレイチェルはガイアスに背中を向けてしまった。しかし後ろ姿でも耳が赤くなっており、意味はあまりないように思えた。
そう思うと、沸々と、とうの昔に忘れたはずの悪戯心が蘇って来る。ガイアスの腕が、レイチェルの背中へ伸びた。


「きゃっ」

「あれしきの事で照れているのか?」

「なっ、な、な、な…」


レイチェルは声にならぬ悲鳴を上げた。全身の血が沸騰したかのように手や首、全てが真っ赤だ。
これら全ての原因は、首に回されたこの逞しい腕にある。


「は、離して…」

「ならレイチェル、もう一度言ってみろ」

「何、を…!」

「もう一度呼んでみろ」


今度はちゃんと大声でな、とガイアスは嬉々とした様子で付け加える。
対してレイチェルの表情はまさに絶望しきったようだ。こんな事になるなら言わなければ良かった。つい先ほどの自分を内心強く叱咤する。


「どうしても言わなきゃダメなの…?」

「嫌と言うなら朝までこのままだな」

「大人気ない!」

「何とでも言え」


どうやら何を言っても無駄らしい。腹を括るしかないようだ。こうなればやけくそだとレイチェルは叫ぶ。


「アースト!離しなさい!」


そうして世界は反転した。




「――レイチェル!」


突然の大声でレイチェルは飛び起きた。寝台脇の椅子に腰掛け呆れ顔を向けるのはガイアスである。


「良く寝ていたな」

「寝て?え?」


ならあれは夢だったのか。
外を見ればまだ夕方で、室内を赤く染めていた。それが夢の内容を暗示しているようで、レイチェルは頬を染める。


「(なんて夢見てるのよ私…)」


夢を人の願望を現すと本で読んだ事がある。それならあれは自分の願望なのだろうか。もしそうならとてもじゃないがガイアスの顔など見れやしない。

不思議がるガイアスを何とかはぐらかし、レイチェルは心に決めた。
現実では絶対に本名については触れないと。


白昼夢/111208