いつもと何ら変わらない城内。けれど異点が一つだけ在った。既に日は昇り兵の一人や二人、もしくは使用人達が忙しなく働いている姿が、何処にもない。いや、それどころか城の中に人の気配すら在るかどうか。
どうなっている。
とりあえず確認の為に謁見の間に行って見れば見慣れた二つの姿に安堵の息を零す。ゆっくりと近付いていけば気付いたらしいウィンガルが振り返った。その表情は何処か困惑に満ちていた。それに首を傾げてもう片方の姿に視線を移す。
特に何ら異変なく、普段通りの陛下じゃないか。一体何に困惑していると言うのだ。


「陛下、お早う御座います」
「……あぁ」
「ウィンガルが困惑していますが、何か在りましたか?」


声を掛けたとき確かに感じた違和感。それに疑問を抱きつつも言葉を並べる。そうすれば明らかに陛下も困惑したように視線を彷徨わせる。普段なら有り得ない二人の態度に流石に此方も眉間に皺が寄る。
何かが可笑しい。
もう一度口にする前に陛下から零れ出た一言。


「……お前は誰だ?」
「………はい…?」


予想にしなかった質問に頭が白く染まり間の抜けた返事が口から零れる。無意識に視線をウィンガルに向ければ、困り切ったような表情を浮かべている。ナンテコッタ。
取り敢えず落ち着こう、いや、全然落ち着けなくても落ち着こう。目の前に立っていらっしゃる陛下は間違うことなく陛下だけど、いつものスキル、サディスティックを持っている陛下ではない。なら此方の陛下は何処の陛下?あぁ、駄目だ。完全に混乱してる。


「……ぁー、取り敢えず陛下?にえーと、一番近い人は誰ですか、ね?」
「…レイチェルだろうな」
「よし、私は確定した。この陛下は私たちの知っているサドじゃない」
「ナマエ、お前本人に聞かれていたら絞められるぞ」


横でウィンガルが何かを小さく零したような気がするがここは無視する。だって本当の事じゃないか。視線で違うのかと問えば視線は交わることなく逸らされる。ほらみろ。とりあえず辺りを見てみるが勿論私たち三人しか居ない。何故このような状況になったかは不理解だが、ひとまず城内を歩き回るか。ここにずっと居るよりはマシかも知れない。


「城内を探してみてそのレイチェルさんと我がサドスティックに満ちた陛下を捜しに行きましょうか」
「ああ、そうした方がお前も来たし楽だろう」


頷いた二人を見てから何処か複雑というか不思議な感覚のまま三人で城内を歩き始めた。少し話ながら歩いていれば驚く程にこの陛下はサドスティックの心をお持ちではない。転けそうになっても支えてくれるだけだ。瞳が意地悪く笑んだりはしていない。何て嬉しくて嬉しくない感動。
此処で実は私たちの陛下は参謀を愛してるんですよ☆(間違ってはいない)、と情報を教えたらこの優しい陛下はどういう反応を返すだろう。チラリと今はウィンガルと喋っている優しい陛下を見て頭を振る。駄目だ、トラウマを作ってしまいそうな気がする。
それから半刻してからだろうか、道を曲がったときに誰かにぶつかった。慌てて視線を前に戻せば見たこと無い黒髪美人と遭遇した。頭を下げることを忘れて見つめていれば優しい陛下が口を開く。レイチェル、と。


「ガイアス……!」
「……神風な早さ」


レイチェルさんは名を呼ばれた途端勢いよく陛下の背中に隠れた。その行動の素早さに目を瞬かせていれば腕を引っ張られた。そして辿り着いたのは慣れた腕の中。しかし勢い付けて抱きしめられたが故に顔が痛い。痛さに堪えていれば楽しそうな低い笑い声。……泣いて良いですか。
ウィンガルの安堵と呆れと何かを含んだ溜息が聞こえた。


「探したぞ、ナマエ、ウィンガル」
「………えぇ、そうでしたか、私たちもお探ししましたよ」


他人事と溜息を吐き出したウィンガルを睨みながらやっとの事で腕の中から抜け出し深い溜息を吐き出す。あぁ、私たちの陛下が戻ってきたよ。
優しい陛下へ視線を向ければレイチェルさんの頭を落ち着かせるように撫でているのを見て、目が下がっていく。


「……陛下」
「なんだ」
「…レイチェルさんに何しました?」
「多少からかっただけだ」
「…………陛下、貴方の多少、そしてからかう、は通常一般人とは格が違うのですが?」


流石のウィンガルも口を挟むが小さく笑まれて無視される。頭を抱えて泣きたい衝動に掛けられる。もうやだこの迷惑陛下。ひとまずひとまずレイチェルさんに謝ろうと振り向いた瞬間。
世界が歪んだ。
意識が引っ張られる感覚に視線だけを上げれば陛下とレイチェルさんは遠く暗い空間に呑み込まれていた。それでもレイチェルさんを守ろうとする陛下に口角が上がる。本当に、良い夫婦だ。


「レイチェルさん!私たちの陛下が、ご迷惑、かけました!二人とも、また、別の機会に、お会い、できたら!!会いましょう……!!」
それを告げるので限界だった。
次の瞬間には意識は暗闇へと引っ張り込まれた。







目が覚めたときにはなんら変わらない、傍に確かな温もりを感じる場所だった。普段起きる時より早くに目が覚めたが故に、辺りはまだ薄暗い。鮮明すぎる夢か現実か、不思議な先程の光景を鮮明に思い出しながら身体を起こそうとすれば腕を取られた。腕を支えにして起きあがろうとしていた為に、いきなり取られ重心がずれて倒れ込む。倒れたのに対してこない痛みにそろそろと目蓋を開ければ優しい瞳を浮かべたガイアスがいた。自分はどうやらガイアスの上に倒れ込んだらしい。


「……起こした?ガイア───…」


名を紡ごうとすればふわりと一瞬だけ口付けられた。それから直ぐに顔は離れて緩く首を振られた。それに首を傾げた後に言いたいことを理解して額にキスを落として口にする。


「アースト」
「……先のは、夢か現か。どちらなのだろうな……」


小さく呟くように告げたアーストの髪を撫でながら肩を竦める。彼処までハッキリした夢は無いだろうが、しかし今まで自分達が寝台にいたのも事実。答えが出ないまま曖昧な気持ちなまま、しかし何処か優しく暖かい気持ちに目を細めた。
正直レイチェルが少し羨ましくあった。彼女は王妃だ、公で夫婦だからこそ、少し羨ましかった。
けれど今は自分達は此でよかったと、思っている節がある。小さな声に視線を向ければ眠たそうな瞳をしたリィンが身体を起こした。それから人一人分あった空間を少し埋めるとその間をポスポスと叩く。それに意図を察してそこに寝ころぶとギュッと抱き付いてきた。それから近付いてくる顔に先程と同じように触れるだけの口付けをする。
それに満足そうに表情を綻ばした後また目蓋が下がった。それからどうするか悩めば頭を優しく撫でられた。
顔を上へ向ければ、額にキスが降る。それから優しい声音で愛おしげに見られる。


「あと暫し休め、俺がいる」
「……うん」


それにゆっくりと頷きを返し、左手でアーストの左手を絡ませ緩やかな眠りへついた。

未経験な異体験。

2012,3,5


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虚空の華の癒羅深光様から頂きました相互記念の夢主共演小説です!
癒羅様宅の陛下のSっ気とか主人公のキャラクターの良さが輝いていて、読んだ時はとても興奮いたしました!
拙宅のシリーズ夢主の行動もそのままで、よく把握して下さっているなと嬉しかったです^^
陛下が夢主に何をしたのかと言う話楽しみにしております(笑)

私の方も相互記念頑張りますね(`・ω・)!
それでは相互ありがとうございました!