深淵 | ナノ


「えっと、シンク奏長はお幾つです……ちょ、何ですか」


なんか更に殺気飛んできたんだけど何でだよ!


「アンタさぁ…何で今日になって敬語な訳?昨日は普通に話してたでしょ」

「い、いやあ…昨日は戦ってる最中でしたもんで、その辺ぞんざいになってたと言いますか…」


えっ何、まさか、敬語が気に入らんかったと?譜陣チェック中主なお怒り成分ソコ?とりあえず訓練と引っくるめた答えだったからして性差にキレてた線は消えてくれたからホッとしちゃうけれども。
そして私の言い分だが、勿論それもある。しかしながら昨日はまさか、ちょい相手する間だけの付き合いだと信じて疑わなかったからあんま考えてなかったとゆか。しかし今、こうなってしまったからには万全を期しておきたいというかですね。

言う訳にもいかないため答えあぐねていると、シンクは正論を突きつけてくる。
彼も総長から聞いたらしい。


「そもそもボクは奏長、アンタは謡手なんじゃないの」


そして同じく私も総長から聞いていたからこそ名にくっつけられた訳だが、そんな彼はもう三つ目であるからしてひと月に一コは確実に上げてきた計算となる。原作での階級は二つ名が曖昧だった私に思い出せるハズもなかったのだけれども、きっと更に、そしてその若さからかなりと言わざるを得ない程には上の方に登り詰めてゆくのだろう。何にしても、いくら刷り込みがあるにしたってそれはかなりのスピード出世だ。
早すぎ。どんだけ才能あんの。


「二つ上でしょ、ナマエチャン。それに昨日訓練中見てたけどさ、アンタの素敬語じゃないだろ?ボクに勝ったクセにビクビクしてさ、そういうヤツに敬語使われると何かうざいんだけど。ナマエチャ――」

「わーわーわかったわかりましたァ!わかったから、シンク奏長シンク奏長シンクそうちょ……シンク!これで満足かコノヤロー」


こちらも負けじと神託の盾での階級をこれみよがしに付けてみるも更に突き刺さってきた何かにあえなく撃沈。ご所望通りにしたら引っ込めてくれたから助かったけれども。…過敏な血も考えモンだよな…悪魔とかわっるいモンへのレーダー過ぎるかんな…。
因みに彼の言い分では逆はアリって事になるんだろうが、彼の敬語を生で聞いてみたい気もしないでもないがそれを要求するつもりは私にはこれっぽっちもないし、大体それはチキンという生き物には些かハードルが高過ぎる物件だ。そもそも彼は総長にすら敬語ナッシングの、誰にでもそんな調子じゃなかったか?馬鹿ではないから使えないってこたあないんだろうが、公でもない限りまあまず使わんだろう。言っちゃ何だが、敬うなんて感情言葉の意味すら理解しそうにないし。

シンクだが、どうも昨日のチャン呼ばわりに噴き出した私を狙ってのコトらしい。ああ、あえてのイヤミですかそうなんですねわかってたけどさ。嬉しくないとは言わないがしかしこればっかりはキミみたいなツンの子に言われるとマジでいたたまれないから。第一私外枠年齢的には君より5つ上だけどね、ちゃん付けされていいような年齢でもないからね。中身年齢的に。
そして一体いつから見られてたかという謎。しかもクセにって…君、口では気にしてません発言しつつも度重なる殺気の原因はコレだったね?実はうっすらと根に持ってたカンジだね…?訓練とはいえ自分をぶっ飛ばした、つまりは負かした奴。そんなのが平身低頭て負けず嫌いそーな君だもんね良い顔しないのはまあわからんでもないけどさ。しかし頭ではわかっても中々抗えぬのがこの鶏魂。
てかうざいて。…ガビーン!(死語)。


「それじゃ、譜陣も問題なかったし私は戻るわ。じゃね、シンク。またあし…」

「ねえ、そういえばさ」


引き留める言葉から続いたそれに私の手からはカルテが飛んだ。浮かせかけた腰は動揺に座り損ね思わずベッドに手をついた。幸いシンクの足はよけてたから大事には至らなかったけれども。無論私が。

殺気こそ口の利き方の訂正により納めてくれていた訳だが、訝しむようにシンクは言った。


「ボクさ――アンタに名前、言ったっけ?」


……。
……やっちまったな自分。いつだ最初に呼んだの。ヤベーわすぐには思い出せそうにない。これそれあれどれよ?
しかしそこは魔法の言い訳。


「や…やだなあシンク、そんなの総長に聞いたに決ま――」

「…アンタがボクを叩きつけた時、呼ばれたような気がするんだけど?」

「…」


…腹立つくらい記憶力が良いですね!


「…そ、そうだっけ?アハハ、焦ってたからあんま覚えてないナー……あっ!そうだよ周りから聞いたんだったそうだった。『何だかスッゴク強くなりそうな、将来メチャ有望な格闘家のコが神託の盾に入ってきたヨ!』って。風の噂で」

「ふうん…まあいいけどね、今はそういう事にしといてあげるよ」


今とかコエーよ超不穏。


「あ、ありがとう?…じゃ、じゃあシンク、今度こそ私はおさら……ぐっ」

「待ちなよ、まだ話は終わってない」


くるっと以下略。


「…ゲホッ、ちょっとちょっとシンクさんてば、いっくら導師守護役服が掴みやすいからってそう何度もひっ掴まないでくれたまえよ。伸びちゃったらどうしてくれんの」

「知らないよそんなの。勝手にどこかへ行こうとするのが悪い」


服引っ張り+自分勝手。攻撃とまでは行かないからまだマシなものの、何も知らんかったらこの辺りで普通の人はプッツンしてそうだな。私は残念ながらか弱いチキンなため喉さすりながら結局即負け宣言の顕れ、先を促すだけだけど。
「か弱…どこが?」とか言ったヤツは後で神託の盾本部裏に来るとヨロシ。


「つまんないんだよね」

「…はい?」

「本とかがある訳でもなし」


何で本の一つも調達してやらなかったんだよこのヒゲボケェ!とすぐそこまで出かかった私は悪くない。

そりゃ『つまんないヤツ…』とか思われるよかオモシロ認定された方が精神には優しいですよだけどもね、それは時と場合によると思うんだ!


「後数週間入院生活は続くんだ、回診以外ただボーッと待ってるなんてやってられないね。ヴァンもアンタの事は結構買ってるみたいだしさ、得られるモノも少なくなさそうだからね。何より数『す・く・な・い』同じクラスなんだしさ……だから今日含めボクが入院している間、ちょっとはここにいて、くれるよね――ナマエ」


無駄に強調意図的に区切られた語調そしてちょっとがちょっとに聞こえないというそんな脳内変換模様。そして明らか疑問形じゃない普通に下がりやがった語尾にシンクの中で既に決定済みなのが窺えて患い気味だった胃が魔界化した。逆らおうモノなら今度こそ胃が取れてしまうためどうしようもない。ついでに首も取れてしまうかもしれないためどうしようもない。ああユリアよローレライよ今こそアナタ方の出番です我を救いたまえ。
…なんかもうコレ一刻もこの部屋立ち去りたい私の心情がバレバレの筒抜けだったに違いない。だからこそあえて留めパニクる私を見て愉…楽しんでるのか。…いや違うな。言葉の通り単にマジでつまんないだけなんだろう。総長よ、病室入れるだけ入れて他はなんもないとか…。そういやこの部屋殺風景に過ぎてたわ、シンク専用みたいなもんなんだし急遽誂えたとかなんだろうからこんなもんかと思って特に何も言わなかったんだけどそれがまさかこんな暇潰し(オモチャ)フラグに繋がるとはね、ハハ…。
入院生活、暇潰しがなけりゃどれだけヒマかなんて一度長期の体験すりゃホント同意だよつい最近2ヶ月程やらかしてきたばっかな私だし(大)怪我の連続だった二回目その時点に至っては嫌って程知っちゃってるし。まさに入退院の繰り返し。

私が言葉に含められた単純な意味しか持たぬ意図にカムフラージュされてやしないかって、背景を気にしすぎの敏感アンド過敏すぎってコトなんだろう。だって私は今はまだ導師守護役。被験者、つまりイオンへの確執は原作にそこまでなかったのか私はあんま知らんてか覚えてないんだけど、イオン様との仲は確かお世辞にもあんまし良いとは…いや大分良くなかった筈だ。私はイオンの導師守護役であってイオン様の導師守護役ではないし外でもないシンクだからこそそこはわかりきってる筈なのでちょっと違う気もするけど、しかし毛嫌いするならともかく歓待は望めないだろう。導師守護役への接触なんて素性発覚への道まっしぐら。シンクとアリエッタのやり取りが私の記憶にカケラも残ってないのが良い例だ。同じ六神将とはいえ原作でシンクが無駄にアリエッタに接触しないよう細心の注意を払っていた事の最大の証拠ではなかろうか。
それをたとえ暇潰しのオモチャ的な目で見られてるにしろわざわざ引き込んだのだ、コトは意外に単純なんだろう。あ、自分で言ったコトだけどそのポジションとゆか扱いは薄ら寒いな。出来れば明日の恒星レム様を無傷で拝みたい。
今でも充分キッツイけど、生まれてまだ3ヶ月なのには変わりないんだから。人格形成はまだまだの筈…そこまで根性ねじくれちゃないだろう。…と思う。思いたい。
…いやでもフローリアン(無邪気)がいるからな。しかもイオン様(温厚)もいらっしゃる。後者との接触は今現在(そして未来永劫)ほぼ皆無のまま(でありたい)な私だが、アリエッタから既に充分マイルドだYO証言出てるしな……微妙だな。やっぱもうシンクにソフトな当たりは望めないのか。絶望的ってコトですか。

…そして最後だよそれなんて極めつき?
実は狙ってない君?ってなタイミングで初めて名前をマトモに呼びやがったツンデレ?むしろツンドラ?私の中でのみ疑惑浮上中の、そのステキな素顔に色んな意味でナマエさん垂涎モノの…違うよ単純にカワイイだけだよホントだよ!…な、いずれの六神将、シンク。

…クワーッ!彼に声かけられて(それも強引?気味いや風味?)断れる彼のファンがいたら見てみたいわァ!
……ただ単にチキンだから断る勇気もねーんだろってツッコんだヤツ、さっきのとまとめて裏来いやァァ!!




あと、とりあえず私には言っておくべき事がある。


「ふーちゃんまじゴメン」

「ふー…。誰ソレ」

「…犬、かな…」


私に猪突猛進なトコとか。たまに耳と尻尾のね、幻覚がね…。そしていつだったか妄想でのみ存在したアダ名で呼んだ自分グッジョブ。こんなトコで実名ポロリとか考えたくない。登場が未来過ぎる。
とりあえずおいちゃん、暫く君んトコ行けそうにないわ…。

むしろ次会う時私が五体満足でいられているのか、大いに不安である。


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