そう結論。 これが今一番重要で私がイオンに提案した事とはいえちとヤバイ事になったと思う、重要事項その三。 体調の事、レプリカの事を私達の口から確かに知ってしまったアリエッタはイオンだけでなく私にも心を開いてくれていたのだ、真実元々こちら側に近しい子だったのだろうけれども、それが修正の利かないところまで来てしまった。イオンから繰り返されたお願いにして命令『ナマエを守って』に力強く頷いてくれているアリエッタが何よりの証拠。 こうなっては最早原作のままのアリエッタでは行かないだろう。 私がいたせい、という最大にして最悪の原因は考えなくともすぐにわかったから、今イオンとの別れを目前にしておきながらそれとは別に具合が悪い。 二人は惜別に私がこんなにも沈んでるとしか思ってない筈だからそれだけは救いかもしれない。だってこればっかりは。いくら勘の鋭いイオンにだってわかりようのない事。 「…じゃあ、アリエッタ…後は任せたからね、しっかりね。あと、積もる話があると思うけど…イオンを送り届けたらなるべく早く戻ってきてほしい。周り、特にモース様や総長とかに怪しまれるといけないから」 「はい、です!」 私とアリエッタのやり取りにそろそろ、を感じたのかは会話を交わしていないためわからないが、バサリと両腕もとい両翼で大気を叩き地から離れたフレスベルグ君。 深緑と桃色が混ざり靡いた。 いよいよ、だ。 「……それじゃあ、イオン。どうか……気をつけて」 「うん。ナマエも、モースや特に、ヴァンやその手下には気をつけてよね」 「…大丈夫。よーくわかってるから、うん。ありがとう」 フローリアン事情を明かした時に総長と、…あー…あとリグレット奏手もだな、レプリカ作製に関わっていた事を私が知った事は必然的にイオンにも伝わっていた事からしての忠告だ。原作知識という名の情報網からしてもそのヤバさは今のこの原作前時点できっとこの世界で一番と言っても過言じゃない程わかっているつもりなのでうんうん頷く。 眦だの目頭だのから落っこちそうになる何かにムダに気なんか遣っちゃって。 愛別離苦とはいえそれも所詮は一時的なだけであって哀悼じゃない。させない。だから大泣きするのは間違ってる。キャラでもない。でも、今の私のこんな状態じゃ一瞬でも気を抜いたら忽ち凍るのだ。だから零しちゃいけなかった。 …これから彼は生き延びるのにね。せめて笑顔で見送りたかったんだけどな。下唇から自分の、それも人間のじゃないから大して美味しくもない好物の味がする。 イオンは完治の兆しが見えていただけでそれを掴むまでにはまだまだ時間がかかるのは自明の理。私母にどれだけ時間をかけたと思ってんのって話。母だけで1年は費やした。いくら今は赤子同然だった当時と違ってある程度肉体が成長したとはいえそれ以上は元より覚悟の上というもの。今すぐと言わんばかりに命を奪いかねなかった程のモノ、病弱と篤疾は違う、母より実はイオンの方があまりに重かった。 それに毒にも邪魔された訳だ。朝食を頂く前、解毒も兼ねて全身の魔力かき集めて搾り取る勢いで今の私が出せる最大の治癒術をイオンに浴びせたけれどたかが知れていた。 だって生き血はない。 こうなりゃ私、休日は全部イオンに充てるべきだろか。 …いや別にそれは良い、というかそれしかないと思う…んだけど、ソレ、お母さん寂しがるだろうなあ…ただでさえ教団休み少ないんだもんなあ…。 実際今まで任務の間を縫うようにしかない休日のそれも他にマジでやる事がない時くらい(例、フローリアンの名付けとかで潰れない日等)しか家に帰ってなかったんだよねー…。 とりあえずこの別れの後、早速言い訳でも考えようかな。 …違うね。私が落ち着いてから、か。 「じゃあね、イオン……暫く後になるかもしれないけど、」 そしてこの別れは言ってしまえば今だけで、暫くしたら私はまた確実にイオンをおとなう。 だからさよならとは別に私には告げるべき言葉があった。約束とも言う。 「また、今度」 「……うん、また」 目を細めて応えるように。 でもなるべく早く来てよねとでも言いたげに。 ND2015年、後半。 今の私には知る由もなければ術があっても使わないから結局同じ事だったけれども、原作開始から約2年半前。陳腐なタイミングだよなあとは思ったものの自然は気まぐれなためどうしようもなければ目から同じように零れるそれを誤魔化すには大変都合のよい事ではあったため文句を垂れるでもなくその姿が私の異常な視力でも見えなくなるまで、長旅になるからだろうフレスベルグ君の足には掴まらずその背に相乗りし飛び立っていった相思相愛の子達に、私は手を振り続けたのである。 「あはは……弱いなあ。折角イイ目してたってこれじゃあろくに見えないじゃんか。また、がない訳じゃないのに、私ってば。でも、だけど……今までの生活とは、やっぱりお別れって事で、」 まあ何、視力がどうだの言っても結局、あんまりはっきりなんて見えちゃあなかった訳だ。 勿論自然のせいなんかじゃない。 その姿達が黒い星のように見える大きさになった頃、もう地面は泥だらけだと言うのにそれらを全く意に介す事も出来ずに、私はしゃがみこんでしまった。 休日だったから私服だった。折角の仕送りなのにしかも珍しくマトモに質素してるワンピースだったのに裾が地についちゃって可哀想な事になっているかもしれないお気に入りというよりは数少ない無難要員だったのに、…なんて、考える余裕はあまりなかった。 ――何だかこの時の私は、何もかもがどうでもいい気分だったから、あまりに全てへの注意が散漫だったように思う。 泥に混ざってはいけないモノが、ゆらゆら表出しては消失していたらしかった。 塞いでいるつもりなのに染み込んでくれないから、私の周りに、この天候にそこだけ逆らったような不自然な地面模様が作り上げられてる。ぼろぼろ落ちてはしかも大粒なせいで、すぐにはその姿を雨に殺されないがために。 膝を抱え込んでついに散々な事になってしまった色んな意味で血色をしているだろうそこをその頂点に押しつけて、辛さにひしゃげる胸元に閉じ込められてくぐもった声で、私は私を慰める。 「…でも、今のこの状況ってよくよく考えてもみれば『全て』、が終わればあるいは、って事でもあるんだよなあ……だからどうか、その時までイオンが逃げ切れますように。誰にも見つかりませんように…」 雪ならいざ知らず雨程度じゃ微温くて仕方がないから慰めには到底なってくれやしないし、都合良く誰かが駆けつけてくれるでもなし。 まあ理由は用意出来ないから来られても困るんだけどさ。 むしろ私に容赦なくぶつかってくるそれらが鬱陶しくて叩かれる傍からビキビキとかいう異様な音を立てて私が流したモノとは違う固体として泥に突き刺さっていってるから、猶の事不味い。今は雹ではない。 まさに状況と私の心を代弁したに相応しきこの先やむ事があるのだろうかと問いたくなる程の大粒で小さな滝のようですらある微温いが一応の定義としてそう呼ぶであろう冷雨降り注ぐ、そんなある日の事だった。 いつもの、この世の、預言の事があるからだろう全てを見下したようなおよそ普通の子供はしないようなそれではなくて、長らく共にいた筈の私でも初めてで、だから胸を斬りつけられるような悲しみ、心臓を抜き取られるような喪失感に顔も心も歪ませていた私は一変、驚いた。まさかあのイオンが、と。 まるで見ているこっちまで覚えさせられるような、きっと私やアリエッタでなくともはっとしたであろう寂しさを感じているのだとわかる顔をした彼、イオンは、12年という人間にとっては意外に長いその歳月を過ごしたダアトから、 「、さよ、ならッ…!イオン……」 ……その人生の大半を過ごした私の許から、去っていったのだった。 |