「(…にしてもさっきの子、随分好戦的だった)」 今の日本は私が死んだ頃と違って武器所持が許されているのだろうか。あまり時代は変わってない筈なんだけど。 思いっきり出くわしちゃったけど、私の事なんぞキレイさっぱり忘れてくれるのを祈るばかりだ。 でも、あの子どこかで…、 それこそ実在の人物じゃなかったような。それなら最初の人生の記憶だ。でも私にとっては大昔だからな、記憶が曖昧過ぎる。 …。考えるのはやめておこう。きっとあの少年がちょっと特殊だったんだそうに違いない。 ◆◆◆ 「面白い子だったな…だけど僕の学校で、しかも目の前で器物破損とはやってくれたね」 下校時刻をとっくに過ぎた時間。僕はそろそろ自分も帰ろうと廊下を歩いていた。 「…!(何、今の)」 だけどその時、誰もいない筈の校舎の一部が光ったのが窓越しから見えた。…あの場所はちょうど理科室の辺りか。 草食動物が居残って実験でもしているのだろうか。それにしては明かりが付いていないようだが。 爆発音等は聞こえなかったが、あの光り方は少し異常だ。下校時刻も過ぎている事だし、どちらにしても残っている生徒を咬み殺さなければならない。僕は道を引き返した。 理科室前に着くと、やけに小さな生き物が座り込んでいるだけだった。理科室内に人の気配はない。状況だけで判断すればさっきの光はこれに関係があるのだろうか。 「そこで何をしているの?」 とりあえず近付いて、持ちやすそうだったから背中に付いていた羽根を引っ張って持ち上げてみた。 …この時これが赤ん坊だと気付いたんだけれど、人間のそれにしては何だか変だと思った。 一見すると普通の赤ん坊だが…羽根が生えていてそれが服に付けられた物ではなく、引っ張った感触からして実際に背中から生えている感じがする。あ、ちょっと動いた。 しかも耳まで尖っている。両目の色も左右で違う。これはカラコンか。…赤ん坊が普通入れるだろうか? そして…持った瞬間、赤ん坊にしても軽すぎる体重に少し驚いた。まるでティッシュ箱を持っているようだった。 顔立ちと服装からしておそらく性別は女だろう。その姿は童話か何かに出てくる天使のようで。 マスコットとはこういう物体の事を指すのかとふと思った。 持ち上げてからなぜここにいるかと訊いてみたら、そいつは迷子だと答えた。それにしては赤ん坊が学校にいるのはおかしいし、まして今は夜だ。昼なら参観日とかで保護者が連れてくる場合はあるけれど。 問い質すと、やはり嘘のようで黙ってしまった。 このままだと僕はこいつを不法侵入者として咬み殺す事になる。その前に一応ここにいる理由と、さっきの光は何かを聞き出すために再度声をかけた。 その時、案の定羽根は実際に生えていたのか、話す前に痛いから離してほしいと言い出してきた。別にずっと捕まえておく意味もないし、離したところで逃がすつもりもない。 そこで、ちょっとしたカマをかけてみたらわかりやすい程ビクついていた。…さっきの事といい、嘘が苦手なようだ。 僕はそいつを適当に放った。何かお礼のような言葉が聞こえたが、捕まえていた僕に対して言う言葉でもない気がする。別にどうでもいいけれど。――それにしても、赤ん坊とはこんなに流暢に喋る生き物だっただろうか。 放った後、そいつは後ろめたいのかさっさと逃げようとしていた。…おっとそうはいかないよ。 僕の学校に無断で入ったんだ、赤ん坊だろうが容赦はしない。 愛用の武器を構える。とりあえず一撃加えて逃げられなくしてやる。僕は右腕を振り上げた。 「っ!」 「!…ワオ」 予想外の事が起きた。さっきまで慌てるだけの弱い存在のハズだった赤ん坊が、僕の一撃を受け止めていた。 しかし呆けている暇はない。構わず左も突き出したがそれも呆気なく止められた。 人は見かけによらないと言うけれど確かにその通りかもしれない。僕はこの赤ん坊に対する認識を改めた方が良さそうだ。…まぐれにしては動きが慣れている感じがするし何より――目が全く怯えの色を見せていなかった。 …ふうん。面白くなってきたよ。 だが、相手はあくまで逃げる気しかなかったのだろう。そいつが武器を支えに身体を持ち上げ、何をするのか興味がわいたので掴まれた武器を振りほどく事もせず仕込んだ他のモノ達もあえて出さず見ていると。 一瞬だった。 ――すみませんさようなら!! その叫びつつ申し訳なさそうな声とけたたましい音が窓から響くのと共に、赤ん坊の姿が目の前から消えていた。 …動きが。見えなかった。 無惨に割れた窓ガラス、ああここから出ていったんだと理解すると同時に割れてない隣の窓を開け、窓枠に足をかけ身を乗り出した。…既に誰もいなかった。 赤ん坊のくせに何て素早いのだろうか。 これでは追ったところで無駄か。仕方なく窓から降りた。 ――そして、冒頭に至る。 結局ここにいた理由や光の事を聞きそびれたがまあいいだろう。今度会う事があればその時咬み殺せばいいだけの話だし、わざわざ調べる程の事でもない。この学校にいたんだ、町のどこかには住んでいるだろうし。 あ、誰かに窓ガラスの専門業者手配させなきゃ。…にしても、あんな軽い身体でよくガラスを割ったものだと思った。 「……?」 ふいに廊下のある一点に目がいった。そこには先程のやり取りで抜け落ちたのか、白い羽根が一枚落ちていた。…拾って眺めてみたが、角度によって淡い虹色に光る。素直に綺麗だと感じた。 何となくズボンのポケットにしまっておく。 ――何だろう。そう遠くない内に君とはまた会える気がするよ。 (そして、少年――雲雀恭弥は踵を返したのだった)。 |