『キメツ?での彼女』 「……しのぶさん、だよね。うん」 「生まれたばっかじゃ判断しようがないからなあ、流石に」 「違ってたらどうしよ」 この娘(こ)の――名前姉さんの異常に、いやともすると才に、気がついているのは今のところ自分だけなのかもしれない。 私含め、赤子のたくさん並べられている部屋で私を前に名前姉さんは、およそ子供とは思えない内容と声色で今日も独白する。 「名前、またぶつぶついって、どうしたの?おとうさんがおうちかえるよって、むこうでよんでるよ?」 「あっごめんカナエ。今行くよ」 どうやら私の前以外でも独り言は頻繁なようだ。知ってた。(胎内) 名前姉さんだけは初めて会った事になるが、まさかのよその子などはなく、きちんと胡蝶家の娘のようだった。 先程言ったように、ここでも私を取り上げる人達の中から「まあそっくり!可愛いわねー双子かしら?」と問う声が聞こえたから。 つまり私の新たな姉。もう一人の姉。 それも双子の。 それにしても、カナエ姉さんの顔が二つ……ちょっと見てみたいな。…いや、すごく見てみたいかな。 あと数ヶ月の辛抱かなあ。目はまだよく見えないから。 前世ではお館様のご子息ご令嬢以外に(何せ五つ子だった)あまり見かけないで終わったけれど……まさか自分の姉がそうなるなんてね。人生って何が起こるかわからないよね。 二回目だけど。 きっと生まれ変わったのだからこういう事もあるという事なんだろう。むしろ同じ家族の元に生まれるなんてもはや奇跡だ。 だから、やはり知らない家族が一人二人増えたところで私は気にしない。 だって……まだ声しかわからないけれど、やっぱりカナエ姉さん達の所に生まれて来られたのだから。 母胎ごしではなく実際間近で聞き取れた家族の声。私が間違うはずがない。 何だっていいと言ったが、きっとこれは最高の形で叶えられた事になるのだろう。名前姉さんの存在には確かに驚いたけれど、それも一人姉妹が増えたと考えれば単純に喜ばしい事だ。 かつて両親は早くに死んでしまった。鬼に殺されたからだ。もし普通に生きられていたら、まだ私の下に弟や妹だっていたかもしれない。名前姉さんは姉だけど。 「……」 とはいえ、やはり気になるのは先程の言動。 まさか私が既に理解しているとは露程にも思わないだろう名前姉さんは、実際私を目の前にしても、きっと幾つもの手がかりを落としている。 ……いるのだろうけど、よくわからない。 わかるのは、この年の子供にしてはやけに流暢という事だけ。 この数ヶ月の間に言葉遣いと共に気づいた事だ。 同い年であるカナエ姉さんがそばにいるから余計わかる。カナエ姉さんだとて前世、私は幼かったからあまり覚えていないけれど、この年の頃でそこまで話していただろうか。 そこで今回のカナエ姉さんとなるのだが、別に何ら変わったところはなく、年相応の子供という印象を受けた。辺りの子と変わらない。時は経てどもそこは変わらないだろう。 今回も、言う程に私達の年齢は離れていないとするならば……幼児と呼ばれる年齢であるならば、それが普通のはず。 とすれば。 「(もしかして――)」 名前姉さんも私と同じ、なのではないだろうか。 こうして悩んでいて気づいたが、無くなってもいいと思っていた自我や記憶が、まだ消えない。 どうしてそんな事になっているのかはわからないけれど、私に起こっているのだから、名前姉さんにも絶対に同じ事が起きないとは、言い切れない。 ただそれが、カナエ姉さんや両親には起こらなかったというだけで。 「(でも……)」 そうだとすれば、一体名前姉さんは知識をどこから引きずってきたというのだろうか。 名前姉さんは、あの世界にはいないのに。 *** 記憶は維持出来てもせっかく鍛えた肉体は何度も言うが赤子となった以上消え失せたため、当分自由に動けそうにない暇な私は、赤子らしくもなく日々懊悩で時を潰すのが日課となっている。 そこで思い浮かぶのは、やはり名前姉さんの事。 体験してみてわかったが、赤子は目も生まれたばかりはよく見えないらしく、本当にする事がないのだ。もう必要ないのかもしれないけれど、毒の本を眺める事も出来ない。まあ、その前にまず家にないと思われるけど。今の世は真実平和らしいから。 鬼はどうなったんだろう。 カナエ姉さんや両親の顔をよく見たいのに、下手するとカナエ姉さんと名前姉さんの見分けすらつかない。両親が「お揃いで可愛いから」とかいう理由で二人の髪型を変えていないらしく、静止されてしまうと本当にわからなかったりするのだ。昔のカナエ姉さんとあまり変わらないその髪に、名前姉さんは「暑い…」と冬でさえ嘆いていたけれど(どういう事なのよ…)。 カナエ姉さんの事は何でもわかっていたはずなのに、ちょっと自信がなくなった。 まあ動いてくれるとすぐわかるんだけどね。いい意味で今のカナエ姉さんは普通の子供らしい行動を取ってくれるから。 きっとこれから私もよく知る彼女に成長していくのだろう。 名前姉さんなんてきちんと親に愛されてるはずなのに元気に走り回ったりしてるのなんて聞いた事がないし、時に淡白すぎてまるで昔のカナヲみたい。…は、言いすぎかしら。 やたら男の子が出てきてるらしいあにめとやらを見ているらしい時は…うん、何だかすごいから。 …そんなまだまだ音だけの世界といった調子だから、自然と名前姉さんの事を考えてしまうというか。 まさかカナエ姉さんの魂は分かたれたが故に双子で、そして器はカナエ姉さんに、知識は名前姉さんに、……なあんて馬鹿げた、しかし輪廻転生なんてありえないと思われた事象を私が経験している以上もしかして……などと一度は思ったりもしたけれど、名前姉さんの性格はカナエ姉さんと似ても似つかないし、それにしては名前姉さんの口から鬼の単語の一つも聞いた事もないし。――などと言うように、名前姉さんに関してはわからない事だらけだったけれど、だからといって胡蝶家にとって別段不利に働く事もない事はこの数ヶ月を見ていれば自ずとわかる事だった。 むしろ好評。名前姉さんは子供らしくない点を除けば普通の子だからだ。 そんな彼女は既に立派な胡蝶家の一員だった。 カナエ姉さんも、子供らしいわがままを何一つ言わないそれどころか、何でもかんでもカナエ姉さんに譲ろうとする名前姉さんに双子というのもあってか羨ましいいつか私もそこに入るんだからというくらいべったり…こほん。格別の信頼を置いている感じだったし、喧嘩してるところなんて聞いた事がない。何か起こる前に名前姉さんが折れるか諭してしまうから喧嘩にならないのだ。カナエ姉さんの方が上なのにね実は。まあ双子だけど。 お菓子だとか、色違いの服を先に選ばせたりだとか。更にはまだまだ甘えたい時期であるはずなのに名前姉さんてば、親の愛まで譲る始末。名前姉さんがカナエ姉さんに構っている最中の母や父の気をわがままに引くところなども聞いた事がない。 むしろ達観しすぎてて、両親なんて「名前の早すぎる親離れ…」と口を揃えているくらい。 思わず噴き出してしまったのはここだけの話だ。 ――そんな彼女は今日も外に行かず、私の面倒を見ている。 「しのぶさ…じゃなかった。しのぶ、おはよう」 「おぁあうぅん(おはよう名前姉さん)」 今のお父さんは今では普通の職業らしいサラリー・メンで普段は家にいない。お母さんも、寝ている私だけならまだしも、流石に名前姉さんを残したまま出かけたりはしない。…はずだけど、それも時間の問題な気がする。 粉のお乳もおしめも名前姉さん一人で出来るからね……しかも最初から上手かったらしい。私はされる側でよくわからなかったけど、お母さんがびっくりしていたもの。 私の時は古い浴衣や晒で作っていたおしめも今は紙おむつとやらで簡単なのかもしれないけど、それにしたって慣れすぎだものね…。カナエ姉さんが遠く離れた妹とかであれば既に慣れてるのもうなずけるけど。 やっぱり名前姉さん、何かあるよね? 第一呼び方が今みたいにたまにおかしいもの。 何で彼女から見ても姉であるカナエ姉さんはカナエと呼び捨てで妹の私はさん付けなのよ。最初の日も呟いてたの私知ってるのよ。 「いかんいかん。カナエん時もしばらくさん付けがちょいちょい混ざって友達にツッコまれたんだから。せめてしのぶは呼び捨てでないとまた『今時ぃー?』って笑われちゃうよ」 あ、言ってたんだ…。じゃあ単に名前姉さんがそういう丁寧な子、という事かしら。…想像しづらいけど。 だって名前姉さん手伝いとかやる事は丁寧…というか手慣れてるけど、口調はガサツなんだもの。もう。せっかく可愛い顔に産んでもらえてる(多分)のにほんと台無し。 カナエ姉さん達や周りの人間には上手く…上手く?隠しているみたいだけど、私を普通の赤ん坊だと思っている名前姉さんは、今日も多分彼女にとってボロであろう何かを落としていく。 |