● 777hitK ◇ Writer:norika
―――こいつは何を言っているんだ…?
頭に鈍い痺れが走る。
しかし同時に疼いている様な感覚があり、正直に言って気分が悪くなり始めた生王は蒼い顔を更に蒼くして弥勒院を見詰めた。
それは『嘘だと言ってくれ』と懇願する様な眼差しではあったが、弥勒院はただ不敵に笑うだけだった。
先程の話にかなりの自信と確信を持った彼の笑みを見て居られずに、自分が信じるべき人だと思って居た女性の方を見る。
カチャンッ、とほんの少しだけ乱暴に音を立てて紅茶のカップを置くと、見るからに不機嫌な表情をした薔子がそこには居た。
キッと少し鋭い目付きで弥勒院を見た彼女を見て、生王は顔を歪める。
―――彼女が本当に僕が恋した人だっただろうか?
そんな考えが出た瞬間に生王は手を硬く握り締める。
自分は何を考えて居るのだと、確かにこの女性は僕が恋した人じゃないかと、一瞬浮かんだ考えを頭から振り払う。
その手に汗が滲んでいる事を、その時の生王は気付かなかった。
「何をでたらめを言って居るの?!」
生王が考えを巡らせて居る間に、弥勒院の目の前に立ち怒気を含めて薔子が叫んだ。
「いくら正生さんの友人でもそんな事…」
「悪いけど、俺は“今ここに居る人間”としか話す気は無い」
薔子の話を遮り、弥勒院は素知らぬ風を装って述べる。
その言葉を聞いて、薔子は怪我を負わされた様に顔を歪めた後、生王に縋り付く。
生王は少し躊躇いながらも、その頼りなく細い身体を力無く抱きしめる。
いつ抱きしめても冷たい彼女の身体に、今の生王はとても違和感を感じて居た。
今なお理解仕切れて居ないらしい生王をぼんやり見詰めながら弥勒院は、直に判る、と小声で呟いたその時。
「先生!」
「生王さん!」
と、同時にそこに居る二人を呼ぶ声がした。
生王は驚いて目を見開く。
それは薔子も同じで驚いた表情のまま玄関から入って来た彼女達を見詰める。
「伊綱君!彩子ちゃん!ああ、それに矢口さんまで!!
どうやって入ったんだよ?!」
ある意味尤もな疑問に納得しながらも、そこを突くか…とこっそり感心した弥勒院はウンウンと一人頷いて居た。
何かあった時の為です、と言って伊綱が何本あるのか分からない数のスペアキーを生王に見せて生王が何か分からない奇声を発して居るのを無視して弥勒院は彩子に声を掛ける。
「どうしたんだ?
家に帰って良かったんだぞ。」
「すみません…、その何だか凄く先生と生王さんが心配で。
伊綱さんに先生と生王さんの事を話したら一緒に連れて来てくれたんです。」
心底心配してくれているらしいアシスタントを見て、弥勒院は微かに笑うと彩子に礼を言った。
一応無事らしい生王達を確認した彩子はホッと胸を撫で下ろしたが、一緒に来た彼女達は違った。
「何だ、思ったより元気そうじゃない。
確かにちょっと顔色は悪い気がするけど…それだけだし。
ねぇ、伊綱ちゃん?」
「そうですね、たかが生王さんの事で来たのがそもそもの間違いでしたね」
そんな言い方…とがっくりとする生王だったが、そんな生王を見ていた弥勒院と彩子は極普通のあまりに当たり前過ぎる目の前の光景を眺めていた。