僕は、もう
二度と恋なんて
出来ないと
思ってた
ひょんな事から出会った女性に不思議な位惹かれた。
彼女とお茶を飲みながら他愛ない話をした後、二人で少し庭の花を手入れして、彼女に館の中を案内して貰う事になった。
ただそれだけで妙に気分が高揚して、自分の事なのにまるで自分の事じゃない様なそんな感じを覚えたんだ。
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数歩前を歩く薔子さんの後ろ姿は、僕には幻想的な程に美しく見えた。
薔子さんは館の最奥にある部屋の前に立ち止まると僕の方を振り返った。
彼女と目が合い僕は足を止める。
やけに響いていた自分の足音が止むと薔子さんが口を開いた。
「この部屋を見て貰いたかったんです。」
そう言って微笑むと彼女は扉を開けた。
キイィィ…と嫌な音を立てて開けられた扉から覗く部屋は、最初に通された客間より幾分か小さな部屋だった。壁に大きな肖像画が飾られているのが印象的で、部屋に足を踏み入れると吸い寄せられる様にその絵の側まで歩みを進める。
近くで見ると、立派な額にも関わらず絵の痛みが激しく古めかしさが漂っている。
その肖像画に描かれているのは三十から四十代位の男性で容姿も態度もきりりと引き締まっており正に凛々しい人だった。
その絵をじっと見ていると薔子さんがそっと僕の腕を握った。
彼女の手はひやりとしていて、自分が考えていたより冷たい手に少し驚いて彼女の方を見遣る。
薔子さんもその肖像画を見詰めており、僕が彼女の方を見ている事に気付いたのか彼女は口を開いた。
「この絵に描かれているのは、私の父なんです。」
そう一言静かに述べると少し俯いてこう付け加えた。
「もう…居ませんけど。」
言い終わると彼女は僕に力無く抱き着いた。
微かに小刻みに震える冷えた細い彼女の身体を僕はそっと抱く。
「薔子さん…。」
「もう大切な人をなくすのは嫌。
今日は久し振りに凄く楽しかったの。
初対面の正生さんにこんな事言うのおかしいかもしれないけど………」
―――ずっと一緒に居て欲しいの。
僕は彼女の強く抱きしめたまま頷いた。