● 777hitF ◇ Writer:すし猫
――女の人から名前で呼ばれるのなんて、子供の頃以来だな。
――伊綱君も矢口さんも、「生王さん」だし。澄香さんは「沖村君」だったし。
照れ臭い様な、嬉しい様な、不思議な気持ち。
それは、かなり久し振りに感じる、胸の高鳴りだった。
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――Trrrrr…♪
「はい、弥勒院事務所です」
『あ、彩子さんですか?
こんにちは、伊綱です』
「こんにちは、ご無沙汰しています」
『いえ、こちらこそ。
あの、弥勒院さんはいらっしゃいますか?』
「先生ですか?
少々お待ち下さい」
と受話器を押さえて、弥勒院の方を見る。
会話の内容で、自分に用事だと検討が付いた弥勒院が直ぐに代わった。
「もしもし?」
『お忙しい所を申し訳ありません。癸生川探偵事務所の白鷺州伊綱です』
「お久し振りです。俺に何か?」
『あの…つかぬ事をお伺いしますけど、最近、生王さんに会いました?』
「生王…ですか。確か、1週間――いや、5日前だったかな、会いましたよ」
『その時、何か様子がおかしいとかはありませんでしたか?』
「うーん…」
ひとつだけ、弥勒院に思い当たる事があった。
確か、あの日の生王は妙に機嫌が良くて、心ここに有らず、といった感じだった。
弥勒院が「何か良い事でもあったのか?」と訊ねたら、待ってましたとばかりに、口を開いた。
「運命的な出逢いをしたんだ。
僕は、もう二度と恋なんて出来ないと思っていたのに」
そう言った生王の瞳は、完全に焦点が合っていなかった。