● 777hitE ◇ Writer:norika
薔子は何故か顔を伏せると片手を口元に持って行った。
彼女の長い髪がより顔を隠し、突然表情が読めなくなってしまった事に生王は眉を顰める。
ひょっとすると具合でも良くないのかも、と考えた生王はせっかく誘って貰ったがお茶を注いで貰う事を断ろうと思い彼女に声を掛ける。
「あの…、どうかしましたか?」
お互いにこの言葉を掛け合ってる気がするなーと頭の隅で考えながら、もし具合が良くないのなら休まれた方が…と続け様とした時、薔子は慌てて顔を上げた。
片手はやはり口元に当てたまま、反対の手で少し大袈裟に生王に左右に振って見せた。
明らかにその態度は『何でもない』と言う否定の意味を表す行動ではあったが、生王からしたら―――恐らく誰の目から見ても―――何でもない様には見えなかった。
そして生王は再び薔子に問う。
「どうか、したんですか?」
すると彼女は、いえ…と小さく呟いたかと思うと口元に添えていた手を戻して両手を自分の前で組んだ。
それでも薔子は少し俯いて居たが表情は窺える様になった。
彼女は何故か頬を染めており、生王は疑問に思う。
生王がどう切り出そうかと考えていたら先に薔子の方が口を開いた。
「そんな風に言われたの、初めてだったので」
そう言われたが生王は何の事を言っているのかすぐに分からず固まっていたが、薔子はまた恥ずかしそうに今度は両手を口元に持って行った。
何かを恥じらう様なその態度はどう見ても“照れている”ものだったが、何に照れているのか生王は分からなかった。
自分が言った事に対して照れている、と言う事は理解出来たが自分は、どうかしたのか、しか聞いて居ないと思っていた。
しかしよく思い出せば彼女がおかしな態度になったのはその前だった気がする事に思い当たった生王は自分が何を言ったのか考える。
確か…
「あ。」
生王は自分がさほど深く考えずに思ったままをさらりと口にした言葉を思い出し、思わず素っ頓狂な声を上げる。
急に恥ずかしくなった生王は顔を真っ赤にしながら、いやっあのぅ…等と連体詞ばかりを繋げて喋っているのを見て薔子はくすりと笑った。
その様子を見た生王は顔を赤くしたまま口を開けた状態でぽかんとしていると、ごめんなさいと小さな声で薔子が謝る。
続けて少し恥じらう様に薔子は言葉を紡ぐ。
「何だか、楽しくって」
そう述べた時の彼女は照れた様に俯き加減で頬を少しだけ紅に染めて居たが、同時に何故か哀愁を感じさせる表情をしていた。
生王が一瞬疑問に思うと、再び薔子が口を開いた。
「正生さんって呼んでいいですか?」
「へ?あ、はい」
生王は何を言われたか瞬時に理解出来無いまま曖昧に返事をすると、薔子が嬉しそうに満面の笑みを作りながら、お茶淹れて来ますと言い残し部屋から弾んだ様子で出て行った。
一人残された生王はぼんやりと“名前”で呼ばれると言う事を考えていた。