● 君が居ないと笑えない F
差し出された綺麗に折り畳まれたハンカチを―――外見に似合わずあまり女性的で無い、実にシンプルなハンカチだ―――受け取りながらありがとう、と小声で生王は礼を言う。
生王が受け取った事を確認後、彼女は満面の笑みでこう付け足した。
「ただ鼻水は絶対付けないで下さいね。」
「………。」
受け取ったものの結局生王はそれを使えないまま、立ち上がるとその女性―――伊綱に声を掛けた。
「何か、すみません…。」
「いいですよ、たまたま通り掛かったら、たまたま以前の依頼人が居て、それをたまたま私が覚えて居て、たまたま持っていたハンカチを貸しただけですから。」
「……………。」
からかわれている感がたっぷりと出ているのを身に染みながら生王は、改めて伊綱に礼を言ってからその場を後にしようとした。
好意で持って接してくれて居るのは承知して居たが、とてもじゃないが今の様な気持ちでは誰かと一緒に居たい気分にはなれなかった。