これは懺悔です。おれはこれから一世一代の告白をしに行きます。



今日は何となく告白日和だとひとりこじつける。その証拠に、お天気も春うらら。嘘だけど。寒々とした北風が頬を撫でる1月、真冬の空を見上げて吐き出した吐息を白く凍らせた。頑張ってるのは寒気であっておれの肺や口ではないのがなんとも悩ましい。
人通りの少ない道を進みながら、とある人とお揃いのマフラーに片手で触れて、告白の相手へ思いを馳せた。
明るくて元気で心優しい彼女、円堂守。
彼女はサッカーがとても好きだった。果たしてあの子は覚えているだろうか。自分がサッカーを始めた理由と、続ける理由を。


足取り軽く階段を登りきる。それから数歩歩いて、目的地に到着。期待をまったく裏切らない場所に彼女は居た。一心不乱にタイヤとぶつかり合う姿を後ろから眺めて思うところがない訳ではなかったけれど、それを全て呑み込み、サッカーボールを抱えて一息ついた背中に声をかけた。
「お疲れ様。ちょっといいかな、守」
「グラン!」
守が振り返る。呼ばれるには少し恥ずかしい名前に苦笑いがもれた。それを名のっていたのはもう随分と昔のことで、一応名前も教えたはずなんだけど。
「グランはなんていうか、あだ名みたいなもので…俺はヒロトっていうんだ」
「いきなりだったからびっくりしたー。で、どうしたんだ?」
輝かんばかりの笑顔で問われた。まあ、名前なんてどうでもいいんだけどね。
「ちょっと用事って言うか、色々とね」
君に言いたいことがあるんだぜ!とストレートに言えたら良かったのだけど、奥ゆかしい日本人ゆえに曖昧な表現に収まった。勿論嘘だけど。
訝しげに視線を寄越す彼女を見つめ返し、胸の奥底から込み上げる何とやらをゆっくり吟味する。
守がサッカーを続ける理由。
俺の名前を覚えられない理由。
そして湧き出る罪悪感。…これは、嘘だけど。
シャボン玉よりも儚く消えたそれを噛み締めて雲の無い空を見上げ、半ば諦め交じりで、種明かしのようにその名を口にした。

「久しぶり、まーちゃん」

途端、彼女の抱えていたサッカーボールが床へ落下した。
守の肩が、第三者が端から見ればいじめられっ子のように頼りなく震える。
守の小鹿のような足が、一歩距離を詰める。
彼女の瞳孔が限界まで収縮と膨張を繰り返し、肩の震度は一層、増大する。
「覚えてる?」
意識することなく優しい声音で尋ねた。彼女の足が、更に近寄る。
「ヒロ、ト?」
「まーちゃん」
大げさに守の肩が反応した。それを静めるように、守の、骨の目立つ身体を抱き締めた。彼女の香りと、汗の匂いが鼻腔に届いた。
「ヒロト……?」
まだ信じられないといったように、呆然とその名を呼ぶ。
「よしよし」
「ヒロト」
「よしよし」
「ヒ、ロト……」
背中を、ぽんぽんとあやすように叩いた。
それだけで、決壊した。
「う……わああああああああああぁぁぁぁぁ!」
壊れたような絶叫を、身体全体を使って守があげた。だくだくと溢れた冷たい涙が、首筋から肩にかけてを伝い、雨後のように周辺を濡らした。
「ヒロト!ヒロトヒロトヒロトヒロトヒロト!」
背中を抱かれたまま、守は何度も何度も、名を叫んだ。
最後は泣き崩れて、足元に蹲った。

彼女は、単なる友人ではない。
一緒になぶられ。
一緒に壊され。
一緒に狂った。
そんな、望まない関係。


俺と円堂守は、八年前の誘拐事件の被害者だった。




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