その日は嫌な1日だったのだ。
朝練のときに転んで肘を擦りむいた。朝食のサラダに飲み物をぶちまけた。ミーティングが長引いた上に雨が降ってきてサッカーできなかった。廊下を歩いてたら偶然開いたドアと衝突した。そのはずみに二度目の転倒、軽く手首を痛めて練習禁止令を言い渡された。そんな時に限って午後はきらっきらに晴れるし、俺はテーピングした腕をぶら下げてグラウンドの外からチームメイトを眺めるしかなかった。何にもしないのは申し訳なくてマネージャーの仕事を手伝って買い出しに行けばリストの最後に書かれた一品だけがどうしても見つからない。仕方なく別のエリアまで出向くも、車に轢かれそうになるわ水がはねてTシャツが汚れるわで散々な目にあった。ついでに探し物は売り切れだった。
だからなのだ。
茫然と立ち尽くす俺の前に突如現れた深いブルーの瞳が俺の手を取った瞬間手加減も何もなくおもいっきり振り切ってしまったのは、ちょっとイライラしていたからであって、別に彼が嫌いだとかそんなことは全然なくて、だからだから、「…ごめん、」だからそんな悲しそうな顔しないでくれよ。
今しがた出会った奴にこんな顔させて、最悪だ。誰のせいでもないことに苛ついて八つ当たりして、こいつは悪いことなんて何にもしてないのに。
いろんなことに耐え兼ねてこぼした涙を少し戸惑いながらも丁寧に拭ってくれるフィディオはしばらく黙ったままで、やがて俺の涙が止まった頃にそっと顔をのぞきこみながら「どうかした?」とだけ言った。
「いや、ちょっとついてないことが続いて苛ついてたんだ。ほんとにごめんな」
「マモルが泣くほどつらかったんだろ?俺のことは気にしないでいいから。俺も時々そうなるし。」
「フィディオも?」
「ああ、シュートが全然決まらない日とかね」
ちろりと舌を出すフィディオに思わず笑ったところで、突然「あ!そうだ、イタリアエリアにおいでよマモル!」と誘われた。いやむしろ手首をがっちりホールドしぐいぐいと引っ張って、ちょっと待て待て待て。
「たんまフィディオ!俺買い出しの途中なんだ、」
「じゃあイタリアエリアで買えば良いよ!何を探してるんだ?」
これなんだけど、とリストを見せると「ああ、これなら置いてあるところ知ってるよ。イタリアエリア内だけど。」と言うもんだから、もう大人しく着いていくことにした。いつの間にか握る位置を手首から手のひらへとずらして少しだけ前を歩くフィディオはニコニコ楽しそうに笑っている。
「買い出しが終わったらジェラートを食べよう、この間美味しいお店を見つけたんだ。あ、でもその前にTシャツを着替えなきゃか」
「あ、いや、俺お金持ってない」
「俺が奢るから大丈夫だよ!」
俺が誘ったんだし、エスコートエスコート!なんて言い放つフィディオは歩みを止めない。笑顔と握られた手に押しきられるまま、気がついたら真新しいシャツを着て日当たりのよいオープンテラスでイタリアンジェラートをつついていた。
透明な器に飾り付けられたジェラートを食べていると心の隅にこびりついていた苛つきや不満が嘘みたいに消え失せていく感じがした。次いで、さっきまで馬鹿みたいな被害妄想にとりつかれていた自分が恥ずかしくなってくる。食べ物ひとつで簡単に機嫌を直すくせに、いきなり泣き出したり奢ってもらったりフィディオに沢山迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ない限りだ。
「美味しい?マモル」
「う、うん」
向かい合わせに座るフィディオににこりと微笑みかけられて、ちょっとドキドキした。
心なし熱を持ち始めた顔面がジェラートを頬張った瞬間に冷えていく。それでもなお残る気恥ずかしさを誤魔化したくて、フィディオの足下に転がるスポーツショップの袋を蹴り飛ばした。
「今日は、ついてないことばっかりだったんだけどなぁ」
帰り道、またしても俺の手を握って歩くフィディオにぽつりと呟いた。
「だけど、フィディオに会ってからは楽しいことばっかりだったな!ジェラートが美味しかったし、スポーツショップは品揃えがめちゃめちゃ良くて楽しかったし、このシャツも気に入ったし、何よりオルフェウスのみんなとサッカーできて楽しかった!」
「まったく…まさかあそこでみんなに見つかるとは思ってなかったよ。せっかくマモルと二人きりでデートだったのに。」
「デートって、」
フィディオの言葉に思わず笑いながらツッコミを入れようとしたとき、フィディオが「あっ!」と大声を出して、慌てたように振り返った。
「マモル、ケガは大丈夫?」
「え?あ、ああ。手首をちょっと捻っただけだし、今日はMFだったから、大丈夫だよ。」
「そっか、良かった…。ごめん、ケガしてるのにサッカーやらせて」
「やろうぜって言ったの俺だろ、フィディオは何にも悪くないから気にすんな!」
バス停に着いて、道の奥からジャパンエリア行きのバスが丁度走ってきたのに気づいたフィディオが、一度だけぎゅっと強く握って手を離した。昼間よりも少し冷えた風にさらされて、空っぽの手のひらがひどく寂しく感じた。
今日はついてないと思っていたのに、フィディオに会ってからのことを考えるとそんなに悪い日だったわけでもないのかもしれない。三時間と少しの間、俺はフィディオにべったべたに甘やかされて、それは確かにデートになるのかなと思った。
「なあ、フィディオ。やっぱり今日は、デートだったのかもな」
「え?」
「すっげー楽しかったぜ!ありがとうな!」
バスが停車するのを横目に、目を丸くするフィディオの手からいつの間にか持たれていた荷物を取ってもう一度礼を告げる。
「荷物まで持たせちゃってごめんなー。今度は俺がジャパンエリアを色々案内するからな!」
「はは、楽しみにしてるよ!」
じゃあなーフィディオ!
またねマモル!
思いっきり手を振って別れた。
宿舎に帰ったら監督に次の休みがいつか聞いてみよう。あと、おすすめの観光スポットとなにか美味しいもの。
握りしめた袋をがさがさ揺らしながら、少し駆け足で数時間前と同じ道を逆さまに辿った。浮き立つ心のせいか、行きとは全然違うように思えた。
いいこいいこ−−−−−−−−
果てしなく頭悪そうなおまけ
会話文のみ
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