円堂くんはお金も物も時間も要らないのだといって、はいどうぞと俺が差し出すそれらを日溜まりのような笑顔で緩やかに拒みながらいつでもやさしく問うた。
「どうしてヒロトはそうしようと思ったんだ?」
幼子に言い聞かせるみたいに、彼はその問いかけを何度も何度も繰り返す。その度に俺はもうその言葉は聞きあきたとばかりに首を振ってわからないふりをしていたけれど、本当はその答えが愛であることをとうの昔に知っていた。ただ、彼の暖かなかんばせに向かって愛していると口にするのがどうにも恥ずかしくて堪らなく、そして何度でも問うてくれる彼の姿にいとおしさを募らせていたがために、優しい彼が差し出す救いの手を知らんぷりしていたのだ。愚か者だと思うだろう、まったくもってその通り。あの頃俺がしていたことといえばひどく子供じみて下らないものばかりで、 彼との間に薄皮一枚隔てた愛を育むことさえしようとしなかったのだ。そんな怠惰の結果が今、現実に化けて俺と円堂くんの間に挟んだ柔い皮を腐食している。真っ黒に爛れた皮は分厚さを増して壁になってゆく。あるいは崖に。あるいは大河に。途方もない断絶を目の当たりにした途端、唐突にあの頃の円堂くんの言葉の真意を理解した。

「結婚するんだってね、円堂くん」
「ああ。式、呼ぼうか?」
「ううん」
「だよなあ」

ぼそぼそと唇から滑り落ちる声はひどく掠れて、とても自分のものとは思えなかった。声色に苦笑いの響きを滲ませてなお穏やかな微笑みを絶やさない円堂くんは、きっともうあの問いかけをしてはくれないのだろう。だから沈黙の中、何かを待っているかのような視線につられるままに口を開いた。

「どうして、雷門さんと結婚するの?」

円堂くんはその言葉を聞いて喜怒哀楽を全てごちゃごちゃに混ぜてやりきれなさで薄めたような懐古の表情を一瞬だけ覗かせながらも、待ってましたとばかりに破顔してみせた。

「愛してるから。」

「……そう、羨ましいなあ」


ああねぇ円堂くん、どうかどうか幸せにね
俺が君にあげたかったのは、そしてあの頃君が欲しがったのは、お金でも物でも時間でも無くただそれだけだったのだから






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