*手籠めにされた円堂さん


今、とってもいらいらする。
人差し指の爪がちょっとだけ伸びていた。その隣の中指は三日ほど前にぴんくとしろの境目が消えて酷く不格好な形になっている。中指は使えない、中指は駄目な子。元より使おうとしていなかった中指を捨て置き、人差し指の先にちょこんと乗った白いので親指のささくれをいじいじとひっかいた。別に、何がしたいわけじゃない。活字を辿り続けた目玉は渇いてしまったし、眠り過ぎて頭が痛い、お腹もいっぱい。ここに居てねと押し込まれた部屋には窓がひとつ。雨戸を閉じたその窓は朝日を迎え入れない。毎朝の目覚めは真っ暗だった。たくさんの本とふわふわなお布団と温かいお茶に添えられたお菓子の乗ったお盆はとりあえず俺の頭で思いつく限りの欲を満たしてくれる。だけどそれだけじゃ1日は終わらないのだ。望みを全て叶えたその先にも時間は続く。この部屋での生活はもてあますという言葉が一番似合う気がした。
チリチリと、雨戸の向こうから微かに届く鳥の鳴き声を道連れにして親指のささくれがばいばいした。床にはたりと落ちた小さな皮膚の破片を見ても自分の一部だという実感は湧かない。不思議な話だ。大気に触れてぱちぱちと弾ける神経の端をのぞきこむと、歪な爪の横にできたクレーターの奥にそっと真皮が横たわっていた。些末な問題だけどもささくれのむき方にも成功と失敗が存在する。血が出るか出ないか、ただそれだけの話。今日のささくれ跡地は血こそ出ないものの大いなる失敗だった。手を洗うときにはさぞしみるだろう。にじみ出る透明な体液をちろりと舌でつつくと、神経が一人歩きしているような、撓骨の中を暴れまわるような、心臓の一番下を引っ張られているような、ケミカルにざわめく感覚が脳みその中をかき混ぜていく。基軸を失い俺だけのリズムで回るこの部屋は起伏に乏しく退屈で、小さな傷さえ大事に思えた。たがかささくれ、されどささくれ。それもこれも全て、僅かな傷を相手にいちいち大袈裟に騒ぐあいつのせいなのだ。いつからだっただろう。どうしてこうなったのだろう。もう、この部屋に入った日の記憶は無い。何か致命的に間違えてしまったものがあっただろうか。スタートもゴールも間違えてはいないはずだった。今だって愛してるし愛されてると、確信を持ってそう言える。だけどそれなのに今辺りを見渡すと結果だけがおかしくて、本当に、本当になんでなんだろう。

そして今日も、出してとは言えなかった。







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