人生をそんなにしっかり生きてきたつもりはない。ただぼんやりと心の片隅に佇んで動かないまま、目まぐるしく流れていく色とりどりの何かを眺めているだけだ。ぐるぐる回るそれらの正体が沢山の人々からにじみ出て混ざり合う感情の欠片だといつからか僕は気づいていた。そして僕からカラフルな何かが出ていないことを自覚しても、あまりショックだとか感傷を感じなかった。
立つ場所さえ間違えなければ傷つかず傷つけず、例えばそう、大事な何かを失うときのあの痛みとも無縁でいられるこんな生き方を思いの外僕は気に入っているのだった。空虚であると言ってしまえばそれでおしまいだけれど、どうせ僕は敦也が死んだあの頃から時が一瞬動くのにも怯えているような人間なのだ。いっそ退廃的で無味無臭なまま死んでしまえば良い。


今まで3人の女の子が僕の彼女になった。どの子も長くは続かなかったけれど。1人は手すら繋がなかったし、1人とは何度かキスもした。けれど3人はそろって、去り際に本当に私のこと好きだった?と尋ね、問いかけに戸惑う僕をぽつりと取り残して泣きじゃくりながら背を向け走り去ってしまったのだった。
正直に言えば、僕は3人の女の子たちを本気で好きだったわけではないと思う。それなのにどんどん小さくなっていく背中に思わず手を伸ばしてしまうのは、水彩絵の具のような淡いブルーが波となって僕を襲おうとするからなのだ。寂漠感というものは僕がひとりであればあるほどにうねりを上げ、とても押し返せるような代物ではない。特に敦也が死んでからの僕の隣には常にぽかりとした穴が空いてるような気がして、しかもその穴を指差して皆が笑っているんじゃないかとどうしようもなく落ち着かない気分になった。僕はその穴を埋めたくて、誰かに近くに居て欲しかったのだ。あの子たちからすればさぞ迷惑な話だっただろう。しかし三回の失敗から僕が学んだことといえば、敦也のいた穴はやっぱり敦也にしか埋められなくて、それ以外の人間では駄目なのだということ。鍵のように、パズルのように、合わない異物はいつか歪みを生んで僕や周りに爪を立て、やがて弾き出されるだけなのだ。










「吹雪?何してんだ?」

「…あれ、キャプテン」


何度も繰り返した葛藤は、突如頭上から降ってきた明るい声にいとも容易く阻まれた。

練習の合間の休憩時間は大抵グラウンドから少し離れた木陰でぼんやりしている僕とは対称的に、キャプテンは休憩だろうがなんだろうが基本グラウンドを離れないはずなのに。どうかしたのだろうか。
不思議に思いながら別に何でもないよ、と返事を返して、そっかー、ならいいんだけどさぁ、とあどけなく首を傾げたキャプテンが口を開くのを見上げた。


「あ、そうだ。前から気になってたんだけどさ、なんで吹雪は俺のことをキャプテンって呼ぶんだ?」

「えっ?え、あ、え…えっと」


予想だにしなかった質問に対して、思った以上に自分は動揺したらしく滅茶苦茶に舌を噛んでしまった。ひりひりとした刺激が頬の裏側から伝わって顔全体が焼けそうな気がした。

余程気になるのか、しゃがみこんで本格的に待機の態勢に入りかけたキャプテンを、遠くから誰かが呼んだ。多分豪炎寺くんか風丸くんあたりからの牽制だろう。いつもは腹立たしいことこの上ない行為だけど、今度ばかりは正直ほっとした。ううー、と唸りながら中腰で焦れったそうにちらちらとこちらを伺ったキャプテンは繰り返し名前を呼ばれて、ちょっと不満げな顔つきでグラウンドへ戻っていった。




木陰にまた僕ひとりがぽつんと座り込んでいる。

誰も居ないから、少しだけ。段々遠くなっていく背中を見つめながら、ものすごく小さい声でキャプテンの名前を呼んでみた。「ま、もる…まもる。」

きっと本人に向かっては言えないんだろうなと思った。呟く度耳の隅から首筋までもがむずむずして落ち着かない。ぴたりと手のひらで顔を覆うと、いつもより冷たい指先まで火照りだしそうなくらい顔中があつかった。


「…あは、」

名前ひとつ呼べないくらい君を意識しているなんて。ほんと馬鹿みたいだ。お恥ずかしながらこれが僕の初恋なのでした。






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