「あーあ、もうすぐ卒業かー」
「早いよなぁ…」
「3年間ってもっと長いもんだと思ってたよ、俺」
そう言って鞄を片手に伸びをする啓一に危ないぞと言いながら、近道にある神社の階段をゆっくりと降りていく。
凍りついている箇所を上手く避けながら、啓一は大丈夫だ、と笑った。
アスファルトの道路が普段より赤みを帯びた夕日に色を変えている。
3年間見続けてきた光景。
「お前とこうやって帰るのも、あと二週間しかないんだよな」
慌ただしい新年を迎えてから、既に半月が経つ。
2月には登校日がほとんど無いため、こうして帰り道を共にすることも無くなるのだ。3月に入れば卒業、そして三年間悪友をやってきた啓一と裕也も、それぞれ違う場所へ行く。
――もう会えなくなるんだよな。
急に胸の中のどこかがなくなってしまったような虚無感を感じて、息が苦しくなった。
「……寂しくなるな」
「そう、だな」
「なあ、ヒロ」
突然、啓一が足を止めた。
勢いで一段降りてしまってから背後を振り返る。
「なんだよ、」
目が合って、思わず押し黙ってしまった。
夕日照らされた真剣な顔。
真っ直ぐに見つめる眼差しに、なぜか背筋に緊張が走る。
「ヒロ」
まるで、啓一と自分との間の時間だけが切り離されて進んでいるようだと思った。
「好きだ」
――息が、上手くできない。
「お、俺……男だぜ?」
「解ってる」
「それに…、俺ら、ずっと悪友やってきたじゃん……」
「…うん」
「……卒業したら、会うことも出来なくなる」
「だから、今言ったんだ」
動揺の隠せない俺とは反対に、啓一の瞳は静かな光を湛えたままだった。
「ずっと好きだった。このまま卒業したら、きっといい友達でいられたと思う。…けど、」
「……好きなんだ。ヒロに、好きだって伝えたかった」
「――勝手だな」
「ごめんな」
でも、後悔はしてないよ。
そう言って困ったように微笑む啓一の姿に、胸がツキンと痛む。その後すぐにじんわりと頬のあたりに熱が集まるのを感じた。
咄嗟に手の甲を当てたが、火照った頬は更に熱さを増していく。
「そっ、…そんなに好き好きって言われると……どんな顔すればいいか分かんなくなるじゃんか…」
「ごめん。……ヒロ、もしかして照れてんの?」
カッと頭の中まで熱くなった。
「ばっかやろー!?夕日のせいだっての!!」
「…っそれ、どんなドラマのセリフ……っ」
クククッ、と腹を抱えながらも笑いを堪える。
そんな啓一の頭をいつものように思い切りはたいてから、状況を思い出して気まずくなった。
頬を染めたまま黙り込んでしまった裕也に、啓一がそっと声をかける。
「俺のこと、嫌いになったか」
「…友達に告白されたくらいで、嫌いになるほど浅い関係築いてきた覚えはねーよ」
「好きだよ」
「……」
「好きだ」
――帰ろっか。
いつの間にか辺りが薄暗くなっている。
啓一の言葉に一つ頷いてから、再び階段を降り始めた。
「なぁ、ケイ」
「ん?」
「……俺、お前の気持ちに答えられるか分かんねぇ」
「…うん」
「でもさ、」
階段の最後の一段を降りきって、啓一に向き直った。
「俺、お前に告白されても気持ち悪いとか、全然思わなかった」
「ヒロ?」
「好きって言われて嬉しかった」
もしかしたら、混乱しているだけかもしれない。ケイの気持ちに同調しているだけかもしれない。
――でも。
「時間を、くれないか」
「ヒロ…」
「俺、真剣に考えるよ」
ケイが、泣きそうに微笑む。
その笑顔にツキンと胸が小さく痛んだ。
啓一が無理して微笑むと、自分まで苦しくなってくる。――この気持ちを、どう名付ければいいかはまだ分からないけど。
「俺の思ってる『好き』がどんな好きなのか、自分でもまだ分からないんだ」
待ってて、くれるか―――?
「待つよ、ヒロが答えを出せる時まで、いつまでも待つから…」
2人並んで歩く道。
普段道理に軽口を言い合いながら、そっと啓一の横顔を盗み見た。
ああ、側にいるだけでこんなにも暖かい。
(これは、小さな恋の物語)
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bkm