(あんなに泣いたの、いつ振りかなぁ。)
綱吉が目を覚ましたのは、多分一晩回って次の日の朝。ベッド脇の丸い変わった形の窓から、よく晴れた青空が覗いていた。
泣き疲れて、気付かない内に眠ってしまったようだ。小さな子どものようで少し恥ずかしくなる。
相変わらず緩やかな揺れは続いている。時折波が外壁を打つ音が聞こえてきて、綱吉はやっとここが船の中なのだと気が付いた。旅客船にでも拾われたのだろうか?
元守護者の内の誰かに海に捨てられたのかも知れない。
船にはかなりの人数が乗っているらしくて、いつも沢山の人の声が聞こえてくる。時折上がる大声は少し怖いけれど、昨日散々泣いたことと十分な睡眠を取れたことで少しは落ち着いたのか、取り乱すことはなかった。
ふと、コツコツとヒールの音が聞こえた。扉を軽くノックされ、それから開けるわね、と昨日と同じ様に声を掛けられて足元のカーテンがそっと開かれる。
昨日は気付かなかったが、身体のラインの出るナース服に豹柄のタイツという何ともセクシーな格好だ。目のやり場に困って、うろうろと目線をさ迷わせる。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「お、おはようございます!」
「顔色もかなり良くなったわね。頭痛とか吐き気はないかしら。」
「大丈夫です……あの、昨日はすみませんでした。急に泣き出したりして……。」
「いいのよ、吃驚させた私も悪かったわ。元気になって良かった。」
「お、オレ、お金とか持ってなくて……すみません、これ以上迷惑かけないうちに、何処かで降ろして下さい。――――きっと、お礼はします。」
俯いて、顔を背けたままそう言い切る。
お礼なんて出来る筈がない。それでもこれ以上長居して、リボーン達が乗り込んでくるのだけは避けなかった。
ナースは何も答えずに椅子に腰掛け、それよりも、幾つか質問があるの、と紙とペンを手にして微笑む。
「……っあの!」
「怪我人を放り出すなんてしたら、私が怒られちゃうわ。まずは…そうねぇ。自己紹介からしましょうか。
私はアリアというの。この船でナース長をしているわ。」
「あ……ぅ…………オレは、沢田綱吉、です。ツナって呼んで下さい。」
同じ大空を背負う女性と同じ名前。
少しだけ懐かしく思いながら、強く芯の通った彼女の瞳を見て、綱吉は諦めたようにへにゃんと微笑んだ。
アリアのする質問は他愛のないものばかりだった。年齢や好きな食べ物、趣味……そんな話をしている内に綱吉はアリアの存在にも慣れて、会話を楽しむ余裕も出てきたようだった。
「さっき、アリアさんはここを船って言ってましたけど……今海の上に居るんですよね?」
「ええ、そうよ。」
ほら、と窓の外を指差される。
空ばかりと思っていたが、下の方に僅かに色合いの違う水平線が見えた。
「オレ、最初てっきり診療所だと思ってました。……どこに向かってるんですか?」
「そうねぇ……確か次は春島だって聞いたわ。初めて降りる島だから、詳しいことはちょっと分からないけど。」
イタリアと答えられなかったことに安心しながら、聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
「えっと……、春島?」
「ええ。グランドラインを知っているかしら?」
「すみません、聞いたことないです……。地理とか詳しくなくて……。」
申し訳無さそうにしゅんと落ち込む綱吉に、アリアは笑って首を振った。
「いいのよ、知らないんじゃないかって思ってたもの。」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ、だから気にしないで。―――色々質問してしまったけど、疲れてない?」
「全然大丈夫です! すごく楽しかったから。」
これは本心からの言葉だ。
自分の話を聞いてくれて、会話してくれる。最近はそんな当たり前のことにも不自由していたから、アリアとのやり取りはとても楽しいものだった。
「それなら良かった。…………ツナ、点滴も終わったから、包帯を変えて薬を塗らないといけないの。化膿したら大変だから。」
此方を安心させるように微笑みかけながら、優しい声音で続けられる。
「勿論、無理だと思ったら言ってもらえればすぐに離れて休憩を入れるわ。だから、もう少しだけ頑張れるかしら?」
「あ……。」
そうだった。
意識のない綱吉を治療したのは医師だろうけど、アリアはナース長だとさっき聞いたばかりだ。
きっと身体中に付けられた傷跡も見ているだろう。アリアの気遣いの言葉が、重くのし掛かる。
「――ツナ?」
「えっ、あ、はい! アリアさんなら、多分平気です、オレ。」
でも、怖くなったらちゃんと言います。
眉を下げながら微笑んで、綱吉は起き上がるために差し出された手に、そっと自分の右手を重ねた。