ゆらり、ゆらり。
 揺りかごにあやされているような、心地よい一定の緩やかな揺れを感じて、深く沈んでいた意識がふわりと浮上する。
 瞼の裏越しに柔らかな光を感じて、綱吉は今まで自分が眠っていた事に気が付いた。
 凍えていた身体は毛布に包まれて体温を取り戻しているようだ。真綿に包まれているような温もりが気持ちいい。

(……こんなに穏やかな朝、久し振りだ。)

 綱吉の平穏が唐突に終わったあの日、黒い家庭教師がやってきてからは平日休日関係なく無理矢理に叩き起こされるのが常で、自然に目が覚めるなんて事は殆どなくなっていた。
 それに加えて、あの転入生がやってきてからは――――。




「―――あれ……死んで、ない……?」

 気を失う前のことを思い出して重い瞼を持ち上げると、目の前に見覚えのない天井が広がっていた。身体が異様に重だるく、頭を動かすのも億劫で、視線だけで周囲を伺う。
 とても小さな個室だった。腕に繋がる点滴の袋。白く塗られた木製のサイドテーブル。ベッドの足元をぐるりと囲むクリーム色のカーテン。温かみのある木の壁。

(………診療所、かなぁ。並盛病院はもっと真っ白だったし。)

 何かが違う、と直感が云うが、それでも綱吉はそっと胸を撫で下ろした。あの冷たい印象のする病室は苦手だ。
 偶然だろうがこの場所に運ばれて良かった。木の温もりのあるここの方が、なんだか安心する。
 ほっ……と、緊張していた肩から力を抜いて、もう一度目を閉じた。

 後暫くすれば、あいつらは俺を連れ戻しに来るだろう。そうすれば親切にも助けてくれたここの人達にも迷惑がかかってしまう。
 早く、ここから出て行かなくては。そう思っても、息苦しい位に重い身体は、思った通りに動いてくれない。

 ぽすりと気の抜けた音を立てて、僅かばかり持ち上げた腕が落ちた。

「――あら?」
「―――っ!!」

 身体が強張る。人が近くに居るなんて全く気付かなかった。聞こえたのは日本語だったけれど、それでも心臓が煩いぐらい脈打って、呼吸が苦しい。

 カーテンの向こう側からヒールが床を打つ音が聞こえ、すぐにぴたりと止まった。

「カーテン、開けるわね?」

 シャッ……と、思いの外静かに開かれたカーテンの奥から丈の短いナース服を着た女性が現れる。その顔が一瞬、淡い恋心を抱いていた少女に重なって、びくりと肩が跳ねた。

「目が覚めて良かったわ。あなた、ずっと眠っていたのよ?」

 焦げ茶色の瞳を細めて柔らかく微笑むナースは彼女よりもずっと大人びていて、面影はもう重ならない。それでも、身体の震えは一向に止まらなかった。
 ………ボンゴレの関係者ではないか。そう疑った瞬間恐怖が襲ってきたのだ。綱吉が無事でここにいる以上、そんな事は有り得ないのに。
 情けない。眉を寄せて唇を噛んだ綱吉に、ナースはそっと声を掛けた。

「無理しなくてもいいのよ。」
「…………すみません……助けて頂いたのに……。」
「そんな……いえ、こちらこそごめんなさい。急に近づかれたら、びっくりするのは当然よ。」

 そう言ってナースはカーテンを開けたまま、ベッドから離して置かれた椅子に腰掛けた。手を伸ばしても届かない距離。

「大丈夫。私達は決して、あなたに危害を加えないと誓うわ。」

 静かな部屋の中で臆することもなく、しっかりとした声音で告げられた言葉が、綱吉の耳に鮮やかに響いた。大地の色をした瞳には嘘も迷いも無くて、超直感に頼らずとも、それが本心からの言葉だと分かった。
 ―――なんで俺なんかに、そんな優しい言葉を掛けてくれるんですか?
 そう、口を開こうとした綱吉は、急に目元が熱くなるのを感じて慌ててもう一度唇を噛み締めた。視界が滲んで、頬を水滴が伝っていく。

 ……どうしてだろう。
 今までこんな風に泣く事なんてなかったのに。



 嗚咽を零すたびに、少しずつ震えが小さくなっていることに綱吉は気付いているだろうか。ナースは突然泣き出した綱吉に何も言わなかった。
 優しい眼差しが見守る部屋の中で、泣き疲れて再び眠りに落ちる頃には、綱吉の震えはすっかり止まっていたのだった。



prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -