side・Namimori
重苦しい鉛色の暗雲が夕方の空を覆う。
最初はポツリ、ポツリとアスファルトに染みを作る程度だった雨は、下校を促す最終放送がかかる頃には本降りとなって、傘を忘れた学生に悲鳴を上げさせていた。
そんな日の、誰一人居なくなった校舎裏の影。一見するだけでは気付かれないようなその場所で、綱吉は雨に打たれていた。
いつものように暴力を振るわれている途中、この雨で『彼ら』は綱吉を放り出したまま帰っていったのだ。
それは普段なら喜ばしい事で、今までにもこうして助かったことが何度もある。
でも、今日は違ったのだ。
どろどろにぬかるんだ地面に横たわったまま、冷たい雨を全身に浴びる。
綱吉はまるでシャワーでも浴びているような心地で、徐々に広がっていく水溜まりを見つめていた。優しく頬を打つ雨は身体中を汚す泥も、血も、残された白濁さえも洗い流してくれるような気がした。
(……俺の『雨』とは大違いだ)
ああ、もう俺のだなんて言えないか。こんなになってまで過去にすがる自分に苦い笑みが浮かぶ。
そうしている内にゆっくりと、だが確実に体温を奪われて、次第に眠気が襲ってきた。
逃げないようにと雨の守護者だった男が切りつけた両足も、身体中の痛みも既に感じなくなっていた。
―――このまま眠れば、もう、つらくなくなるのかな。
いっそ穏やかな気持ちで綱吉は瞼を下ろした。一旦そうしてしまえば、もうそれを開くことが出来なくなる。
傷口から止めどなく流れる血と雨が、震えの止まらない身体の周りに鈍色の水溜まりを作り曇天を映した。
信じたかった。
『十代目……あんたがこんな事する奴だったなんて思わなかったぜ。』
きっと、またあの頃のように戻ってくれるって。
『女の子襲うなんて、幻滅したのな。』
一緒に戦って、一緒に築いてきた絆が、こんな事で壊れるわけないって。
『ダメツナが……そこまで堕ちやがったのか!!』
信じて。
『一言も ちゃんに謝らないなんて!謝るまでツっ君は家に入れませんからね!』
信じ続けて
『なぁ…こいつも と同じ目にあわせてやらねぇ?』
「………だれか……たすけてよ………」
ぽつりと、滴る雫と共にこぼれた言葉は雨音にかき消されて、決して『彼ら』に届くことはない。
雨に流れて
溶けてしまった大空の魂は
もうここには戻らない
遠い遠いどこかの世界に、彼はそっと受け止められた