side・sea


 轟音を響かせて、黒煙をもうもうと上げながら残党もろとも敵船が落ちる。複数の耳障りな断末魔が醜く上がるが、ゆっくりと沈む船と共に水しぶきに呑み込まれて、やがて消えていった。
 勝利の高揚に包まれたモビーの甲板を忙しなくクルー達が行き交う中、マストの下でそれを隣で共に眺めていた男が軽く口笛を吹いて笑う。

「なんつーか、俺達にケンカ売ったって割には呆気なかったなァ。」
「あー……あちらさんも途中から戦意喪失してたねぃ。」
「顔真っ青にしてな。」

 くつくつと楽しげに笑った男―――サッチはそこで、ふと目の端にこちらに小走りで向かってくる人影を捉えておや、と首を傾げた。
 記憶が確かなら、それは4番隊に入ったばかりの若い新人クルーだ。何やら大事そうに小振りな木箱を抱えている。あまり力を入れていない様子を見ると、空なのだろうか。

 近くまで寄って来た彼は1番隊隊長―――マルコが側に居ることに気付いて、慌てて一礼してサッチに向き直った。

「お話中にすみません! サッチ隊長に、少し見て頂きたい物があるんですが……。」
「ん? あァ、いいぜ。どうした?」
「この木箱なんですが、どうも、普通じゃないみたいなんです。」

 おかしいんです、と眉根を寄せながら口火を切ったクルーの話を聞いていくうちに、サッチは徐々に自分の顔が引きつっていくのが分かった。最初は関心無さげに話を聞いていたマルコも同様だ。

 彼の話を纏めると、こういう事だった。
 敵船の宝物庫に忍び込んだ際、部屋の隅にこの木箱がひっそりと置かれていたという。彼はやけに小振りなそれが気になって、手に取った。
 最初は空の木箱だと思ったそうだ。六面の何処を見ても蓋らしき物が見付からないし、振っても音ひとつしない。
 ハズレか、そう思って何の変哲もない木箱を捨てようとした。―――その瞬間、急に持っているのがやっとという程に重くなったという。男の掌に収まるサイズにも関わらず、だ。
 驚いて放り出そうとすると、外の喧騒を縫うようにしてどこからか、囁くように「助けて」と聞こえた……らしい。

 海賊が幽霊やら怪談やらを怖がってどうするんだ……そう言い放つには、クルーの声音はあまりにも真剣過ぎた。彼は始終真面目な面持ちで「なんだかその声がとても悲しそうに聞こえて……箱を開けようとしたんですけど、釘を打ち付けている訳でも無いみたいで。」と言うなり件の木箱を差し出した。なんとかしてくれということらしい。

「あ〜、まあ、あれだ。一応預かっておくわ……。」
「ありがとうございます、サッチ隊長!」

 よろしくお願いします!と、中々肝の座っているらしい彼は、晴れやかな笑顔で去っていく。……が木箱を半ば押し付けられたサッチの顔は、対照的と言ってもいいぐらいに情けない。

「助けて、ねェ………何か聞こえるかい?」
「いや、特には……。」
「そうかい。見たところただの木箱だけどねぃ……蓋は?」
「ねぇな。金具も見当たらねぇし、錆びてるってわけでもなさそうだ。」
「置いてみたらどうだい?」
「………別に何も聞こえねェな。重くもならねえし。」

 それからもひっくり返したり振ってみたりとしているが、やはり変化はない。
 クルーの聞いた声は幻聴だったのでは、とも考えたが、聞こえたらしい単語が単語のためにどうにも無碍にすることが出来ない。不気味な話だ。

 一向に開く様子のない木箱に、マルコは軽く苛立ちを覚えた。隊長格が小さな箱を相手に四苦八苦している様子に興味を引かれたクルー達が、ちらちらと様子を伺っている。野次馬が現れるのも時間の問題か。
 穏便に開けようとするせいで手間取らされてはいるが、所詮箱は箱なのだ。

「………………壊すか。」
「ねェ何かいきなり物騒な言葉が聞こえたんだけど。生き物入ってるかもしれないじゃん。」
「蹴り飛ばしてもいいが、衝撃でどこかに飛んできそうだしねぃ。踏み潰すか……。」
「待って! 今までの俺の努力は!?」

 ギャーギャーと騒ぐサッチを尻目に、床に転がされた箱に足を掛ける。
 戦闘後とはいえ隊長格が何時までもこんな所で駄弁っていては、他の隊員達に示しがつかない。そもそも、今回は仕事の息抜きを兼ねて甲板に出てきたのだ。そろそろ自室に戻りたい。
 手っ取り早く開けるならまあこれが一番良いだろう。

 甲板まで踏み抜かないようにと気にしつつも、その足は確実に箱を捉えて―――。




『   』



「―――!?」



 咄嗟にその場から飛び退いた。つい先程まで木箱のあったそこから、白く輝く光が空へと吹き出す。
 マルコによって砕かれ散った木片がオレンジ色の炎に呑み込まれたように見えたのは、目の錯覚だったのだろうか。


 反射的に臨戦体勢に入ったものの、暫く唖然としたまま空に光が吸い込まれる様子を見ていたサッチが目を見開いたかと思うと、急に顔を強張らせて呟いた。

「おい、落ちてくるぜ。」

 何が、とは誰も聞かなかった。
 光に添うように落ちてくる影。スピードを落とすことなく近づくその影は、意識がないのか手足を投げ出したまま重力に身を任せている。


「―――俺が行く。」







 空に広げた青い炎の翼でその少年を受け止めた時、光の柱は唐突に消え去った。跡形もなく、まるで大空に溶け込むように。




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