「え、ナッツが持ってたのか?」
「ガウッ!」
膝の上で1つ返事をするように小さく吠えると、ナッツは毛糸の手袋をくわえて誇らしげに胸を張った。
暫く見ていなかったミトンを受け取って、ふわふわの頭を撫でてやる。流石というか解れなどは見当たらなく、問題なく使える事は一目で分かった。
「よくリボーン達に取られなかったな。ありがとう、ナッツ。」
ブンブンと尻尾を振り嬉しそうに喉を鳴らすナッツを思うまま撫で回しながら、綱吉は浮かぶ疑問に頭を悩ませた。
はてさて、死ぬ気弾も死ぬ気丸も持ち合わせて無い今、グローブが役にたつ事があるのだろうか。
ナッツが遊び疲れて眠ってしまったのを見計らって、匣に戻した。
ベッドに腰掛けて、改めて27と刺繍されたミトンを眺めてみる。……これを嵌めて、仲間と呼んでいた彼らと共に戦った日々が、遠い昔のように感じた。
知らず指先に力が籠る。
思い返すのは虐げられた過去ではなく、ついさっきの出来事だ。
突如現れたトルネード。自然現象とはいえ、『家族』に危険が及ぶのを間近で見てしまった。マルコ達はああ言っていたけれど、きっと自分の超直感なんてなくてもそれほどの被害は無かっただろうと思う。彼らはこれ以上の危機だって幾度となく潜り抜けてきたはずなのだから。
でも。もしも何かの拍子で船員が巻き込まれていたら。ちゃんと力が扱えていれば助かる命だったときっと後悔していた……男の人に触ることが怖いくせに―――多分、死に切れない程に。
もう今まで通りに走れないと知った時はそれでもいいと思ったけれど、綱吉のぽっかりと空いてしまった内側に入ってきた新しい家族の存在が、 あまりにも大きく膨らんで虚ろを埋め尽くしたから。
―――守りたい人達が、出来てしまったから。
まだ殆どの人達と顔すら合わせていないのに、そんな事を考えてしまう自分はきっと何処かおかしいのだろう。
この船の空気が優しすぎるから、何か勘違いしてしまっているんだ。
「勘違いでもいいや。」
まだ、人は怖い。人肌に触れる事を考えるだけで、指先が冷たく凍えて震え始めてしまう。
でも、彼らは絶対に綱吉に無体を働いたりしないと、それだけは判っているから。だからもう少しだけ甘えさせて欲しいのだ。信じきれていないのに、こんなこと考えるなんて卑怯かな、とも思うけれど………。
嗚呼。
「強くなりたいなぁ。」
ぽろりと口から溢れた言葉は、誰に聞かれる事もなく、空気にほどけて消えていった。
扉をノックする軽い音が聞こえた。いつの間にかうとうととしてしまっていた綱吉がハッと目を覚ます。
「ツナ? サッチだけどさ、入ってもいいか?」
「あ、はい! 大丈夫です。」
そんじゃ、と綱吉には少々重たい扉を軽々と開けたサッチが、掃除を済ませた部屋を見回して感心したように声を上げた。
「随分キレイになったなァ。船の埃はベタつくから大変だったろ。あ、もしかして掃除とかすんの好きなタイプか?」
「あはは、単純な作業は結構好きかもしれません。」
以前は頭を使わず無心になれる作業に没頭し続けていた。実際の所ただの現実逃避であったし、最期の方では流石に体力がもたなかったが。
そんなことを思いながら言うと、なるほどなァ、と目の前のリーゼントが上下する。
「なら案外料理の仕込みとかも出来るかもな。また慣れてきた頃にでも挑戦してみよーぜ。 ………あ、そうそう、船医が呼んでんだ。トルネードの時足に負担掛かったろ? 行ってこいよ。医務室までの行き方は分かるか?」
「大丈夫です、わざわざすみません……ありがとうございます。」
「はは、どうってことないって! んじゃ、終わったら食堂に来てな。準備の手伝い頼むわ! 一通り片付いたら先にメシにしようぜ。」
ヒラヒラと手を振りながら廊下へと消えたサッチを見送って、綱吉も医務室へ向かおうと立ち上がる。
痛みや違和感は無いけれど、心配されるのが少し嬉しいと思ってしまうのは不謹慎だろうか。
幾分か軽い足取りのまま廊下へ出ると、静かに扉を閉めた。