午後からの業務があるというマルコと別れて、綱吉は新しく宛てがわれた部屋の扉を閉めた。途端どっと脱力感に襲われて、閉めたばかりの扉にふらりともたれかかる。

「つ、疲れたぁ……。」

 満腹感に釣られて眠気までやってきてる。そのまま座り込もうとして、まだ掃除できていない埃っぽい床を思い出してぐっと堪えた。今日中にやるべき事がまだ残っているのだ。
 のろのろと重い足を動かして小柄な自分には大きすぎるベッドに歩み寄り、畳んで置かれたシワ一つないシーツを被せて、どうにかベッドらしい形に整える。
 ちょっと端がよれているのはご愛嬌だ。

(ちょっとだけ、ちょっとだけだから。)

 心の中で誰にともなく言い訳をして、靴を脱いで真っ白いシーツの上にころんと横になる。仰向けになって目を閉じると、一気に体が重たくなるのを感じた。

 ―――疲れたけど、楽しかったなぁ。

 先ほどの食堂での会話を思い出して、ふふっと吐息が零れる。あんなに穏やかに、誰かと食事をするなんていつ振りだろうか。ここに来てから一人で取った食事も涙が出そうなくらい美味しいものだったけど、どこか味気なかった気がする……今だから分かる事だけれど。

 ―――それにしても、本当に賑やかな昼食だった。

 マルコに案内されたのは、主に隊長格が揃うテーブル(別に決まっている訳ではないけど、何故かいつも集まるらしい)で、綱吉は壁際になる一番左端の席に着かせて貰った。隣は勿論マルコだ。

 食事を始めて暫くしてから配膳を終わらせたサッチが向かいの席に着いて、それからがまた賑やかだった。料理の解説(とっても分かり易かった)の合間にマルコが口を出して、テンポのいい掛け合いのような会話は聞いていて楽しい。

 約1ヶ月をかけて食べる事に慣らした身体は、ゆっくりであればもう食事に支障無い。綱吉は二人の会話に時折相槌を打ちながら、箸を進めた。
 優しい甘味のある白身魚の煮付けはほろほろと舌の上で柔らかく解れ、薄味の甘辛タレはご飯に良く合った。この世界にも日本的というか、和食に近い料理が普及しているようで、たまに懐かしい味付けの食事が出てくる。
 ゆっくり噛み締めた白米を飲み込む。次に手を伸ばしたマッシュポテトはしっとりと溶けるような口当たりであっという間に食べきってしまった。じゃがいものふんわりとした甘さがあとを引いて、自然に頬が緩んでいく。
 それをにやけながら見ていたサッチが「気に入ったならまた作ってやるよ。」と弾んだ声でそう言ってくれた。
 最後に食べた、ガラスの器に盛られたクラッシュゼリーもさっぱりとしたミックスジュースに似た味わいで、こちらもすぐに食べきってしまう程美味しかった。

 始終緩んだ顔をしていたのだろう。今になって思えば、二人共微笑ましいものを見る目をしていた。……何だか気恥ずかしい。

 さて。と、重たい瞼をこじ開ける。

 まだ半日しか経っていないのに、大分体力(と、少々の精神面も)を削ってしまった。
 今日のところは最低限、高い部分の掃除とベッド周りだけで良いだろう。床だって、埃を掃くだけで大分違うはずだし。
 勢いをつけて起き上がる。まずは倉庫から掃除道具を持ってこなくては。




 そっと扉を開いて外を伺った。まだ昼食の時間帯であるためか、無人の廊下の先にも人の気配がない。
 いや、もしかしたら対人恐怖症気味の綱吉に気を使って、近寄らないようにしてくれているのか。胸に申し訳なさと罪悪感と、ちょっとだけくすぐったい気持ちが膨らむ。
 倉庫は部屋から出て右に進み、二番目の角を曲がった所にある。午前中よりも疲れの溜まった足を引き摺らないようにしながら、綱吉はゆっくり丁寧に歩き出した。




「えっと、はたきと、箒と、綺麗目の雑巾……。」 

 目当ての物は直ぐに見つかった。倉庫というか物置というか、物が煩雑に放り込まれているのに対して、掃除ロッカーが設けられていたのが幸いだった。
 そそくさと部屋に戻り、まずは窓を開ける。丸い窓は右側の金具を支点にして外側に開くタイプだ。そのあと、天井から順に埃を落としていく。パタパタとはたきを振るう度に埃が舞って、光を反射しながら床へ落ちた。知らず吸い込んだそれが喉に張り付いて軽く咳き込む。

「ケホッ…………結構積もってるなぁ……。」

 箒に持ち変えて埃を集めて捨ててから、海風でベタつく埃を汲んできた水(海水をろ過した物だと教えてもらった。海の上では純粋な真水は貴重なのだ。)に雑巾を浸して絞り、汚れの少ない部分をひたすら拭いていく。
 そうして黙々と掃除を進めて小一時間ほど経った頃、不自由なく過ごせる程度に部屋を整えることが出来た。さっぱりとした空気が気持ちいい。
 道具を片付けて窓を閉め、さて、と綱吉は首を傾げた。マルコから今日は部屋にいるようにと言われているが、疲労感に対してそれほど時間も経っていない。
 昼食で膨れた腹も身体に馴染んで、先程とはまた違った心地よい眠気が襲ってくる。

「寝ちゃおうかな……。」

 そう独りごちてから、いやいや、と首を振った。家族が働いているのにそんな事は出来ない。
 それならどうしようか。
 くるりと部屋を見渡して、ふと、拭ったばかりの机に並べた指輪と匣が目に留まった。綱吉の視線に気が付いたように、カタリと匣が小さく音を立てる。
 自然と笑みを浮かべながら、綱吉は匣を手に取った。

「窮屈な思い、させちゃったな。ごめん―――おいで、ナッツ。」



「―――ガウ!」

 勢いよく飛び出してきた天空ライオンを抱き締めれば、綱吉の頬を舐めて首筋にすり寄る。柔らかい毛並み、暖かな重さ。もうずっと感じていなかった懐かしい温もりに、泣いてしまいそうになった。






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