「おっ、マルコ〜!」
「あぁ?」
不意に聞こえた陽気な声に振り返ると、そこには軽く片手を上げて歩く金髪の男が居た。
(うわぁ……すっごいリーゼント。)
かの風紀委員たちを彷彿とさせる髪型をしたその男は綱吉に気付くと、心得たようにマルコの側にまわって立ち止まり「よう」と笑顔を浮かべた。
「ツナ、こいつは4番隊隊長兼コック長のサッチ。医務室でツナが食った飯は殆どサッチが作ってたんだよい。」
「いつもキレイに食べてくれるから作り甲斐があったぜ。よろしくな、ツナ!」
「こ、こちらこそいつも美味しいご飯ありがとうございました! よろしくお願いします。」
慌ててぺこりと頭を下げると、サッチは笑顔のまま肩をすくめた。
「そんなかしこまらなくていいって。疲れちまうだろー? ……そういやマルコ、今案内中だろ。もう食堂には行ったのか。」
「いや、まだだよい。」
「っしゃ、そんじゃあ一緒に行こうぜ。ツナ、ここの食堂はすげェから期待していいぜ!」
そう言ってサッチは足取り軽く歩き出す。鼻歌でも歌い出しそうなその背を追いかけながら、綱吉はふと目線を上に向けた。
透き通るように深い蒼穹にたなびく、白黒のジョリーロジャー。
白ひげの象徴が海風に一層大きくはためいた。
「ツナ?」
急に足を止めた綱吉にマルコが怪訝そうな声を上げる。
それに応えることが出来ない。綱吉は水平線の一点を見つめたまま、動けなかった。張り詰めた糸が揺らされるような、嫌な胸騒ぎ。
(―――あ、)
「マルコさん。」
「なんだい?」
「なにかが来ます。」
向こうから、と見つめていた方角を指差しながら、その胸騒ぎ―――超直感に従って言葉を紡いでいく。
「なんだろう……分からないけど、もうすぐ、大きくて怖いものが来ます。」
「あ〜っと、なんだっけ、超直感ってやつ?」
首を傾げるサッチにひとつ頷く。
こればかりは急には信じて貰えないだろうが、頭の中に響く警鐘は収まるどころかますます胸をざわつかせるのだ。無視できないこの直感を素直に口にして、綱吉は静かに彼らの判断を待った。
数秒、じっと悩む仕草をしたマルコが徐に訪ねる。
「ツナ、確かに向こう側からくるんだねい?」
「はい。」
ツナの指した方角――モビーディックの進行方向だ。
「解ったよい。」
そこからのマルコの行動は早かった。周囲で各自の作業を進めていた船員達に次々と指示を出し、自身も慌てて駆けつけた航海士と話をつけていく。ギリリとロープの擦れる音をさせてマストの向きが変えられ、着々と準備が進められた。
一方、綱吉はバタバタと音の溢れかえった甲板で半ば茫然として立ち尽くしていた。まさかこんなにすぐに信じて貰えるなんて思っていなかったから、驚きや色々な感情が溢れて上手く動けない。複雑そうな表情を浮かべていたのだろう、そんな綱吉の顔を見て、手の平を黒く汚して戻ってきたサッチが小さく笑った。
「可愛い末っ子の言葉だぜ? 俺たち兄貴が信じない訳ねぇじゃないか。……これからすげェ揺れるから、取り敢えず中入るぞ。」
そう優しく促されて、緊迫感の漂い始めた甲板を気にしながらも綱吉は素直に扉に手をかけた。
背後の喧騒の中、一際よく通るマルコの声が甲板に響き渡る。
「――てめェら舵をとれ! 急ぐんだよい!」