side・Dr.




「そうか、船に乗ると決めたか……では何時までも医務室に居させる訳にはいかんな。」
「マルコさんが空き部屋を使えるように……その……オヤジさんに言ってくれて。」

 一晩経ってもやはり気恥ずかしさが抜けないのか、照れ臭そうにはにかむ頬がふんわりと染まる。
 晴れて末っ子となったツナの幸せそうな様子に、船医は珍しく表情を緩めた。

「部屋に移っても、一週間に一度は検診に来るように。」
「はい。」
「薬も一週間分は処方しよう。誤魔化すなよ?」
「はい……あの、オレ薬を嫌がるほど子どもじゃないです。」

 今度は少し唇を尖らせて拗ねてみせる。……本当に、よく表情が変わるようになった。本人に自覚は無いのだろうが。
 ここに運び込まれてきた頃は悲しみや怯えを見せてばかりで、特に男である船医は目さえも合わせて貰えなかったものだ。

 ――良い兆候だと言い切れる。アリアも同じ思いなのか、温かい目でツナを見つめていた。






 報告書にペンを走らせていると、ふいにガラガラと低い音が聞こえた。僅かに伝わる振動に音の正体が解り、ああ、と納得する。
 アリアが所定の位置にベッドを戻しているのだろう。船という限られた空間を無駄にしないよう、普段個室は医療機器を置くスペースとしているのだ。

 ―――ツナはある意味で、非常に手の掛かる患者だった。心配していたパニックは一度も起こさなかったが、痛みや苦しいという感情を全て押し込めて、耐えようとしてしまう。それは何度となく言い聞かせても、結局改善される事はなかった。
 ふっ、と1つ息を吐いて報告書の続きを書き上げる。

 まるで春島の天候のような、穏やかな気性の少年。
 部屋を移った事に少々寂しさを感じてしまう程度には、彼を気に入っていたらしい。



 ふと、数枚のカルテが目についた。

 置き場を決めかねて、今まで机の片隅にあったそれを片手で取り上げる。
 無言のまま仕舞おうとして―――少し悩んだ素振りをした後、今は他に何も入っていない、2番目の引き出しに放り込んだ。





――――――
uno-1-
一歩、踏み出す


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